2012年01月18日

【捏造小説】オールドラジオ

とうの昔にあけてましたおめでとうございました!
どうも、もうそろそろこのブログの存在を忘れ去られそうなイキオイで全然新作更新していませんが、まぁ、水面下で色々やってました。リンクにひそかに別館とか貼られているあたりで何かを察してください。

さて、久々の曲イメージ捏造小説です。KAITO初期の名曲、マカーP&ぴーひゃらPの「オールドラジオ(sm3349197)」です。恐れ知らずだな!
実はツイッターでクリスマスに先着でリク受け付けて書いたものです。リク下さった彩埜さんありがとうございました。

クリスマスのリクが何故今頃、というツッコミは基本的に禁止です。年末年始は普通に仕事だったのよむしろいつもより忙しかったのよ!
相変わらず設定の捏造ぶりがマジパネェので、その辺はご了承いただきたく。

それでは続きからどうぞ。





== オールドラジオ ==


 空はひとつだけしかないという。
 街を囲む高い壁の遙向こうまで、かつてはどこかに存在したという世界一大きな水たまり、海の向こうまでも。果てはなく、世界の全てを包み込んでいるという。
 納屋に隠すようにおかれていた本に、そう書いてあった。
 僕の知る世界は狭い。
 この街の四方は高い壁に囲まれている。外に出る門は二つあるけれど、分厚い鉄の扉は閉ざされたまま、さび付いて壁の一部になっていた。昔、世界中を巻き込んだ戦争があって以来、ずっとこのままだという。
 誰も外には出ない。出てはいけない。開かずの扉は、門番が常に警備をしている。門の外は荒廃しきっていて、とても住めるような場所ではないという。
 壁の中には、街しかない。街の外には農地があって、街を追放された犯罪者が農業に従事していると聞く。収穫した作物は門ではなく、壁にとりつけられた吊り棚で中まで運ばれる。一度外に送られた人間は、絶対に街の中には戻ってこられない。
「でも、野菜とか作っているなら、本当は門の外ってそんなに危険じゃないんでしょ」
 いつだったか、そんなことを思って母に言ってみると、それを他の人間の前で口にしてはいけないとたしなめられた。今はわかる。外に出られないのは、危険だからという単純な理由ではないのだ。
 優しかった母は数年前に他界した。父はいない。僕が小さい頃に家を出て、そのまま帰ってこなかった。もう顔もろくに覚えていない。いたということすら、ほとんど忘れていた。……死んだという知らせが舞い込むまでは。
 監理兵が、無愛想に持ってきた書類には、遺体と遺品を身内である僕が引き取れというような内容が堅苦しい文面で書かれていた。
「顔も覚えていないのに……」
 今更すぎて、ピンとこなかった。
 ぼんやりと空を眺める。ゆったりと鳥が羽ばたいていく先を目でおいかけていくと、町並みの向こう側にある高い壁が景色を遮ってしまっていた。
 その先まで自由に行き来できるのは、鳥だけだ。何故か時折、ものすごく鳥がうらやましくなる。あの壁の向こう側に何があるのか、全く興味がないといえば嘘になる。穏やかな日常と天秤にかければ、そんな感情も夢と呼ぶほどのものにさえならず、消えてしまうのに。
 旧時代からあるというコンクリートの建物の群は、ところどころ大戦の名残で崩れ落ちている。
 大戦の教訓から、人類は……少なくともこの壁の中の小さな世界は「機械」と呼ばれる文明の利器を放棄した。ランプはガスで、炊事はかまど、交通手段は馬だ。監理兵だけは銃の携帯を許されている。
 かつてこの世界は、夜でも煌々と光が溢れ、鉄の箱が馬車の代わりに走り、あの空だって、鉄の塊が鳥よりも高く飛んでいたという。人の形をした、人のように動く人形さえ存在したらしい。当時を知る人は今ではほとんどいないし、汚い記憶を全て燃やし尽くすかのように過去を知ることができる文献は処分されてしまった。監理兵が厳重に管理する、一般人には立ち入ることのできない禁書保管庫にしか残っていない。
 本当に子供の頃、おそらく自分が覚えている中でももっとも古い記憶なのだけど、僕は一度だけ旧時代の本を見せてもらったことがある。多分、近所に住んでいた、大戦前から生きていた老人に見せてもらったのだと思う。とっくに亡くなっているので、確認のしようもないけれど。
 こっそりみせてもらったその本には、たくさんの「機械」が載っていた。ひとりでに歌う箱、世界中と一瞬で通信ができる箱、海や川でも沈まない巨大な鉄の船、空をゆく鉄の鳥。その記憶は強烈で、誰に見せてもらったかもはっきりとしていないのに、挿し絵ははっきりと思い出せるくらいだ。
「この鉄の鳥がみたい」
 そう言って指さした僕に、悲しそうな顔をしたのは、あの老人だったのか、それとも側にいた他の誰かだったのか。
「その鉄の鳥はね、見ない方がいいよ」
 そう言われたのを覚えている。
「その鳥は悪い鳥なんだ。人や街を燃やしてしまうんだ」
「そんなに怖い鳥なの?」
「ああ。だから見るならこちらの方がいいね」
 白くて大きな、カモメをスマートにしたようなその鳥は「旅客機」と書かれていた。その言葉の意味はわからなかったけれど、怖くない鉄の鳥がいるとわかって少し安心したのを覚えている。
「……あの頃は、まだ父さんがいたんだよなあ……多分」
 あまりに幼い頃の記憶だから、刺激的だった挿し絵のこと以外は全く覚えていない。父親の顔はやっぱり霞んだままで、よくわからない。その疑問もすぐに解けるだろう。遺体を引き取りにいけば、嫌でも顔を見るのだから。
 それよりも今は、葬儀のことを考えなければ。父の交友関係なんて知らないかた、教会で形ばかりの葬儀をして、母と同じ墓地に入れるだけだ。それだけのことでも、面倒な手続きは多い。
「すみません、カイトさんのお宅はこちらですか?」
 郵便屋らしき制服の男の人に声をかけられる。いつもくるのとは別の人だ。
「そうですけど……」
「よかった。じゃあ、こちらを受け取ってください。受領証にサインをお願いします」
「あ……はい、どうも」
 戸惑いながらもサインをする。差出人は……。
「……え?」
 差出人の宛名は、間違いなく父親の名前だった。
「……自分が死亡したら家族の元に届けるようにと、そううかがっておりました」
 郵便屋の男は声を潜めてそう囁く。
 そして何事もなかったかのように、笑顔で受領表を受け取る。
「ありがとうございました。では私はこれで」
 男はあたかも次の配達先にいくようなそぶりで、立ち去っていく。郵便屋ではない。郵便屋ならば、手紙は監理兵による検閲で一度開封されているはずだ。
 僕はできるだけ平静を装いながら手紙をポケットに押し込み、家の中に入った。念のために家の周りに人がいないことを窓からさりげなく確認して、手紙の封を切る。
『荷物を受け取れ』
 それはあまりにも簡潔な遺言だった。
 封筒に残った硬い感触に、僕は封筒を逆さまにして振ってみる。ぽとりと手の中に落ちたのは、小さな鍵だった。
 どこの鍵なのかは想像がついた。僕の家には「開かずの間」がある。母親がいた頃からずっと、閉まりっぱなしだった。一度、器具を使ってこじ開けようとしたことがあるが、その時にいつも優しかった母が尋常じゃない様子で怒ったので、彼女が死んだ今でもその部屋は開けられないままだった。
 扉の前で鍵を握り、立ち尽くす。
 どうして父は姿を消したのか。この壁の中の狭い世界のどこに姿を隠していたのか。どうして父の死の知らせが監理兵から届いたのか。
 多分、この先に答えがある。その答えを知ったら、僕はきっと戻れない。
 深く息を吐く。
 そっと、鍵を鍵穴へと差し込む。回す。
 かちり、と鍵のはずれる音。
 十年以上も開けられることのなかったその扉は、ひどく軋んだ音を立てた。厚くつもった埃が、内開きの扉にかき混ぜられて舞い上がる。
「天窓……」
 僕の家には外から見たら天窓があるように見える。だけど家のどこにも空をのぞける窓はなくて、だからこの開かずの部屋にあるんだろうと予想はしていた。
 だけど、天窓から光は漏れていなかった。代わりに灰色の金属の板がはまっていて、それから紐状のものがいくつも伸びている。
 僕が天窓だと思っていたものが、実は旧時代に「太陽電池」と呼ばれていたものだと知ったのはもっと後のことだ。うまくごまかしてあったから、外から見たらただの天窓にしか見えなかった。
 天窓から伸びた紐を目で追うと、シートにくるまれた何かが目にとまる。
 舞う埃にむせつつも、そのシートを引きはがすと、見たこともない物がいくつもでてきた。
「これ……」
 その中の一つを手に取る。子供の頃に本で見た「歌う箱」に似ている気がする。黒くて片手でももてる小さな箱に、妙な仕掛けの鉄の棒がくっついていた。
「ええと、どうすればいいのかな」
 闇雲にくっついているボタンを押したりひっぱたりいじっていると、急に酷いノイズをたてはじめる。
「うわっ!」
 思わず取り落としたが、その弾みで一瞬音楽のようなものが流れた。
「ん? これを動かせばいいのかな」
 再び拾い上げたその箱の、上部にくっついた鉄の棒をぐるぐると回す。すると、ノイズ混じりに先ほど聞こえた音楽が流れ始めた。鉄の棒の先端をつまんでみると、どうやら仕掛けがあったようで、するすると長く伸びた。限界まで引き延ばすと、ノイズ混じりだった音楽がクリアになる。
「聞いたこともない言葉だ……」
 少なくとも、この街で使われている言葉じゃない。しばらく僕は、その箱から流れてくる音楽に聴き入っていたけれども、ふと、天窓から伸びている紐はこの箱につながっていたわけじゃないことを思い出して、紐の先を追いかけた。
 部屋の奥まで続いていた紐の先を覆っていたシートをはがす。
「これって……」
 あったのは、人形と大きな箱。
 眠るように目を閉じているその人形は、幼い頃の僕によく似ていた。
 大きな箱は、歌う箱と似た素材の外側に、正面にガラスのような画面がある。手前にはアルファベットが書かれたボタンがぎっしり並んだ板がおいてあった。
 画面では文字が明滅している。「Please Enter」との表示。
「……このボタンかな」
 少し大きめの「Enter」と書かれたボタンを恐る恐る押してみる。すると、キュイイィィ、と正体不明の音が鳴り出した。
「……な、何!?」
 慌てて周囲を見回す。誰かに見られているということはない。
 その代わり、動き出した影が僕の視界の端を掠める。
 丸い大きなガラスの目が、僕を見上げている。
 小さな僕に似せられた人形が、硬い動きで立ち上がり、僕の前に立つ。
「――網膜照合終了シマシタ。マスター、次ノ指令ヲドウゾ」
 僕はこの時、ようやく色んなことが腑に落ちた気がした。
 この狭い世界で姿を消した父。この狭い世界に死んで戻ってきた父。
 閉ざされた部屋。部屋を閉ざし続けた母。父の死を見計らったかのように届いた手紙。
 この人形は……「機械」だ。
 監理兵が目を光らせて取り締まっている、旧時代の遺物だった。



 ――翌日。
 監理兵に呼び出されて、父の遺体を引き取りにいった。街の中央部にあるひときわ大きい旧時代の建物が、監理局だ。その中の医務局に通される。
 不審な死に方だったため、死因を調べるために解剖されたという父の遺体は、体中のいたるところに縫い痕があった。
「死因は銃に拠るものです。長らく行方不明で市民権を抹消されていましたので、不審者として監理兵に撃たれたのではないかと思います。発見時にはすでに死亡しておりました」
 軍医から説明を受け、死亡診断書の入った封筒を手渡される。
「父親が行方不明になってから、今までの居場所などに心当たりは?」
「ありません。父がいたということも忘れていたくらいです。亡くなった母からは、父は僕が幼い頃に病死したと聞いていました」
 軍医と監理兵は疑わしげな目を僕に向けたけれど、事実なのだから仕方が無い。
 こうして死体となった父と対面して、ようやく幼い頃のおぼろげな面影とかろうじて一致する程度だ。父の顔も老いで昔とは面差しが変わっているだろうから、当然のことだった。
「父といっても、僕にはほとんど他人のようなものです。身内ですから形だけでも葬儀はしますが……」
 ため息交じりに語ると、ようやく尋問のような場から開放された。
 教会にはすでに話を通してあったので、僕は教会の人と一緒に父の亡骸の納まった棺を運び出した。喪服に着替え、僕しか参列者のいない簡単な葬儀をしてもらう。墓に入れるのは、また後日だ。さすがにそこまでは今日一日ではできない。遺体は教会で保管していてくれるそうだ。
 その方がありがたい。変に家で保管して、監理兵に目をつけられることもない。父親とはほとんど他人だと言った手前もある。
 実際、あの鍵と部屋の中にあったもののことがなければ、僕にとって父は絵空事の中の人だった。だけど今は……。
 家に戻って、ベッドに重い身体を投げ打つ。
 枕の下に隠していたあの部屋の鍵と、歌う箱を出して布団を被った。
 布団の中で、歌う箱のスイッチを入れる。色々いじりまわして、少し使い方がわかってきた。後ろにある黒い突起がスイッチで、左右に動かすと音が出たり止まったりする。歌が上手く聞こえてこない時は、鉄の棒を伸ばして色んな角度に回してみるといい。丸いフタのようなつまみは、くるくると回すと箱から出る音が雑音になったり歌になったりする。どうやらこのつまみと鉄の棒を上手く調節して聞きたい歌を探すようだ。もうひとつ、小さめのつまみで、音量が調節できる。
 自分にだけ聞こえるくらいの音量で、箱から流れてくる歌を聴く。布団の中だからだろうか、ノイズまじりだ。微かに聞こえる知らない言葉の歌は、何だか楽しげなものだった。
 この街で聞けるのは教会の賛美歌と、監理局が演奏を認めた音楽だけだ。それも歌詞の内容から曲調まで厳しい検閲が入る。こんな心が躍るような曲は、今までに聞いたこともなかった。
 どれだけそうしていたんだろうか。気づいたらうとうとしていたらしい。窓の外はすっかり夕闇に包まれていた。
 歌う箱を止めて布団を抜け出すと、松脂のランプをともす。ほのかな明かりの下で、テーブルに放置したままだった死亡診断書の封を開けた。
 死因は銃弾を受けたことによる失血と、傷口から雑菌が入ったことによる感染症。即死ではなかったようで、撃たれた後もしばらく逃亡していたのだろう。発見されたのは撃たれた翌々日だったようだ。
 今では監理局くらいでしか使っていない、ビニール製の小さな袋に入れられて封筒に一緒に収まっていたのは、父の身体に埋まっていたという銃弾だった。
 ひしゃげたその鉄の塊を、手の中に握り締める。こんな小さな物が、父の命を奪った。
 遺体を見るまで、顔も思い出せなかった父。いや、遺体を見ても、かろうじて面影が形になっただけだ。記憶は遠すぎて、上手く形を成してくれない。
 ずっと、いないも同然の父だった。親愛の情を感じたこともなかった。
「父さん……」
 小さな僕に似せたあの人形を作ったのは、きっと父さんだ。あれを作った時は、きっと僕はあの人形くらいに小さかったのだろう。
 あの似姿を作りながら、父は何を思ったのか。あの人形に何を託したかったのか。
 答えはわからない。もう答えてくれることもない。
 だけど僕は、あの旧時代の本を見せてもらった時の記憶の、続きをほんの少しだけ思い出していた。
 怖くない鉄の鳥の話を聞いて、僕は鳥みたいに空を飛んで、あの街を囲む壁を飛び越えてみたいと言った。
「それじゃあ、いつかあの壁の向こうの世界をお前に見せてやろう」
 そう言ったのはきっと、父だったのだ。
 この壁の中の世界を越えて、父は世界を広げようとしたに違いない。それが僕のためだったのか、父が元からそう願っていたのか……。あの本を僕に見せてくれたことを考えると、どちらもなのかもしれない。
 歌う箱。僕に似た人形。それを父が僕に受け取らせた意味。
 僕は歌う箱を持って、もう一度あの部屋の鍵を開ける。鳥になってみたいと願った頃の僕とそっくりに作られた人形は、大人しく座って命令を待っていた。
 手のひらの中の、弾丸をもう一度強く握りしめる。
 僕は今まで何も知らなくて、この壁の内側の世界が危うい均衡の中で成り立っていることには気づいてしまっていて、個人ができることはそう多くないことを経験で知っていた。母が他界してからずっと、一人で生きてきたのだから。
 だから、僕は僕一人でもできるささやかな、だけどとても重要な仕事をしよう。
 そう、心に決めた。



 草木も寝静まったような深夜、監理兵もまばらになる頃合を見計らって、僕はあの人形と歌う箱を家から連れ出した。
 ランプは持たなかった。旧時代の建物が少ないこの辺りにはガス灯もない。ほとんど真っ暗闇の中を、星明りだけを頼りに静かに移動した。
 恐れを知らなかった昔、よく壁の前まで探検しにいった。監理兵に見つかって連れ戻されないように、壁に手をついて帰ってくると勇者になれるのだ。今思えば何て恐ろしい遊びをしていたのだろうと思うけれど、あれのおかげで兵が手薄な場所には心当たりがあった。
 夜まで営業している酒を飲む店の立ち並ぶ界隈のすぐ裏手をまっすぐに進む。夜中まで灯りがともっている数少ない地域だが、かえって警備が表通りに集中していて、壁の近くまでは兵がほとんどこないのだ。誰もいない場所の方が、かえって警戒されている。
 思ったとおり、歓楽街の近くにある壁は警備が手薄で兵が持っているランプの明かりは一切見当たらなかった。
 壁の間際は、瓦礫ばかりが目につく。大戦よりも前は壁はなく、もっと遠くまで家や店があったと聞く。今この街を囲む壁は、大戦の末期に外の危機的状況から街を隔離するために作られたものだ。高い建物のないこの場所では、月がよく見える。ランプがなくても、自分の周りのことくらいなら判別できる程度に明るかった。
 分厚い壁に手をついて、抱えていた人形を地面に下ろす。
 人形が抱える歌の箱のスイッチを入れて、銀の棒を引き伸ばした。
 くりくりとしたガラスの目が僕を見上げる。主人の命令を待っている。
「僕がする命令はたったひとつだ」
 これはちょっとした賭けだった。父さんが幼い僕の姿をこの人形に与えたことに、特別な意味があると信じたかったから。
 箱が歌い始める。その音は微かで、音量をかなりあげても小声で会話している程度のものにしかならない。
 だけど、違う言葉で歌われている歌があるということは、その言葉を使う場所が、この街ではない世界のどこかに、確かに存在しているということ。そして、その場所は自由な歌を楽しげに歌える場所だということ。
 僕はその国にいつか行きたい。父さんもきっとそうだった。だけど、行くのは今じゃない。もっとずっと、先の話だ。
「その声がもっと強くなるほうへ、行くんだ」
 幼い僕の姿をした人形は頷く。
 そして、その背中から鳥のような金属質の翼を広げたかと思うと……。
「あっ……」
 ヒュン、と風を切る音を立ててあっという間に月夜の空に吸い込まれていく。
 壁を軽々と乗り越えて、まるで鳥のように。
 人を殺さない鳥になりたいと願った、あの頃の自分のように。
「父さん……」
 僕は何も見えなくなった壁と、壁に半分以上を遮られた夜空を見上げて小さく呟いた。
 そして、監理兵に見つかる前に、再び闇にまぎれるようにして家路を急ぐ。
 僕はどこにも行かない。父のようにはならない。この狭い世界でこれからも生きていく。小さな鉄の弾で命を落とすよりも、静かで平穏な日常の中で小さな幸せを探す。
 だけど僕は信じていた。
 僕と似た姿の、誰も殺さない鉄の鳥は、いつかきっと壁の内側と外側を繋いでくれる。
 断ち切られてしまった全てを取り戻して、楽しげな歌を口ずさむ自由をこの街に届けてくれる。
 僕に似たあの人形に壁を越えられるような機能をつけたのは、きっと父さんもそう願っていたからだと思うから。
 だから僕は、この街で朝を待つ。いつかあの歌う箱で聞いたような楽しげなメロディーが、この街に満たされることを祈りながら。

 この四角く切り取られた世界の中で、朝を待つ。

【END】
posted by さわのじ。 at 02:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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