2011年04月05日

【捏造小説】ネーティバウラ

L(・∀・L) あゐヾ( ゚д゚)ノ゛やゐ ( 」゚Д゚)」やー

KAITO民族調コンピCD「AO」買いました。
「AO」の一曲目が半熟Pの新曲です。ええ「Waiting in Earth」「宇宙の片隅で」と半熟PのKAITO曲で小説を書いてきたのにここで書かぬわけにはいかぬ!
というわけで半熟Pの「ネーティバウラ(sm10632158)」元ネタ小説です。

なお、毎度のお約束的に掲載にあたり原曲の製作者の半熟Pには許可をいただいております。
小説の内容自体は、元ネタの曲、動画、Pとは一切関係ない個人が勝手に妄想で書いているものですので、その辺はご理解のほどよろしくお願いいたします。というか、今回は今までになく捏造率が高いです。
曲のテーマ的なものもあって、死にネタ含みますので、苦手な方はご注意ください。

4/5夜 誤字発見したので、ついでにちょびっと修正かけました。


本文は続きからどうぞ。





== ネーティバウラ ==



 白と青は死者の弔いに使う色だ。
 この辺りで暮らしてきたこの部族に、古くから受け継がれてきた。
 藍玉を甕の水で溶く。海辺から北の山裾へと広がる草や綿の花から紡ぐ糸は、藍で作った染料によく馴染んだ。同じ植物のよしみだろうか。
 白い衣に青い糸で刺繍の飾りをつけ、頭や首もとを長い青布で覆う。それがこのあたりの部族が慣わしとする死者の正装だった。
 青は海空の色。白は海に揺らめく波のしぶきと、空を渡る雲の色だからだ。死者は地上にはいられなくなる。かわりに人はすむことのできない海と空へと旅立つ。
 カイトはどことなく緑がかった深い藍色に染まった液体に、生成りの布を浸す。棒wを使い布を余すことなく沈める。
 疲労と全身を襲う鈍い痛みから吹き出してきた額の汗を、手首で乱暴にぬぐい取った。
 カタン、と後ろ側から誰かが入ってきた音がする。聞こえてくる鼻歌は、親しい人のものだった。
「……リン?」
 名を呼ぶと、様々な色の布で複雑な文様を縫いつけた間仕切りの布をまくりあげて、白い布を髪飾りにした少女が顔をのぞかせる。夏の太陽のように輝く金髪がさらりと揺れるその顔には、まず驚きが浮かび、次の瞬間には不安がこびりついた。
「カイト兄、まだ寝てないの? そんなのあたしかレンがやるのに」
「二人とも、まだ布染めがうまくできないじゃないか。元々、これは僕の仕事だしね」
「確かに、藍玉の作り方も使い方も下手だけどさ、布を揉むくらいできるもん」
 座っているカイトをぐいと押しやって、リンは甕の前に鎮座した。豪快に両手を甕の中につっこんで、ぐちゃぐちゃをかき混ぜる。あまりに乱暴にひっかき回すので、布が傷まないか不安になるくらいだ。
「ん? で、何か用事あったの?」
「飾り用の石に、これが混ざっていたから」
 甕の脇には、染めた後の布に飾り付けるための玉石が盛られていた。弔いの衣のためのものだから、あわせて藍色の物を選んである。瑠璃と呼ばれている石だ。その中にひとつだけあった違う色を、カイトはつまんでリンに差し出した。淡い桃色の透明な石だ。
 リンは布を揉む手を止めて、カイトの手のひらの上の小さな石をまじまじと見つめる。
「何これ! すごくきれい!」
「薔薇水晶だね。ここまで透明なのはあまりみないけど。紛れこんでいたみたいだ。後で首飾りを作ってもらうといい」
「ありがとう、カイト兄! あ、でも、あたしこれもほしいな」
 リンが染料まみれになった手で指さしたのは、瑠璃の中でも少し歪で大きな物だった。瑠璃は深い青の中に白や金色の筋が混じる、綺麗な石だ。その大きな塊は、確かにひときわ優美に見える。このままでは大きすぎて、砕かないと装飾品には使えない。
「一応値打ちものだからね、長に聞いてみないと。それに、死者の石だよ?」
「あたしやレンにとっては、藍色は兄さんの色だよ、ほら」
 染料に染まったリンの細い指が、カイトの髪を刺す。青空よりも深い、湿原を馬で遠駆けした先に見える広がる海の青。死に別れたすべての愛しい者が住まう場所の色だ。青の髪を持っている子供が一族に生まれると、ことの他大事に育てられる。祈祷師の家に預けられ、神の物語を教え込んで育てるのが慣例だ。カイトは幼い頃に東で起こった争いで実の両親を失ったから、そのまま先代の祈祷師に引き取られた。青はそれくらい、この部族にとって特別な色だ。
 だけど、カイトはこの髪が好きではなかった。この色を持って生まれても、戦は起こったし、死んだ両親は帰らず、もはや姿もほとんど覚えていない。
 くらり、と一瞬気が遠くなって、カイトは傾いだ体を自分の腕で受け止める。手足に鈍い痛みが走った。力をこめようとしても、震えがくるだけだ。
 死者を迎える美しい神の国の色を持っていたところで、自分にもほかの人間と同じ死が訪れる。怪我をすれば痛むし、病にむしばまれたら苦しいのだ。
「だから、カイト兄は寝てなよ。具合が悪いのに無理するからだよ」
「大丈夫、少し、目眩がしただけだよ」
「全然大丈夫じゃないよね。目眩がしだすって、無理してる証拠じゃん」
 カイトの身体を支えようとしたリンは、染料まみれになっている自分の両手を見てため息をつく。
「レン! カイト兄を運んで!」
 彼女が外に向かって大声で叫ぶと、ほどなくしてリンと同じ金色の髪が天幕の入り口から顔をのぞかせた。ひと目でリンと血が繋がっているのがわかる、似た面差しの少年だ。
「何だよ、カイト兄、へばってんのかよ。おとなしくしとけよな」
 座り込んでいるカイトの肩を強引にかつぎ上げると、レンはカイトを天幕の外に連れ出した。ほとんど引きずるような感じだ。レンよりもカイトの方が体が大きいから、背負うことはできないのだ。
 カイトは何もいわず、されるがままになっていた。リンにはああ言ったものの、身体が鉛のように重く、いうことをきかなくなっているのは事実だった。
 少し離れたところにある、他よりも大きめの天幕がカイトの家だ。正確には、祈祷師やその家族が住み、日々祈りを捧げる場所だ。カイトの育て親は祈祷師だから、ここが家も同然だった。育て親が実の娘に神職を引継ぎ一線を退いた後も、そのまま住んでいる。カイトの身体はこの界隈特有の風土病に侵されており、このままでは先が長くないことがわかっていた。誰も祈祷師の後を継ぐことも自分の家庭と天幕を持つことも強制しなかったのだ。
 まずは頭痛と手足のしびれと痛みから始まり、次第に息をすることすら苦痛になる。最後は高熱にうなされながら弱って死んでいく。この風土病はひどく流行ることはなかったが、確実に毎年誰かしらを死に追いやっていた。治す方法はまだ見つかっていない。
「全く、何で大人しくしてねーんだよ」
 柔らかい藁の上に清潔な布を敷いた寝床に、レンはぶつぶつと文句をいいながらカイトの身体を横たえる。
「カイトの仕事はこっちだからな。治りたければ、よけいなことはせず、横になってろよ」
 レンは腰にくくりつけた植物の束を、カイトの枕元に置く。薬草だ。それも馬で半日近くも駆けないと自生する場所に場所にたどり着けないような草ばかりだった。どうりで、朝早くから姿をみなかったはずである。
「俺がみても何がどう効くかなんてわからねーんだからさ。カイトが治ればそれが生えてた場所に案内してやれるし、それにその病気で死ぬ人はいなくなるんだからな」
「うん……わかって、る」
「今はとりあえず寝ろ。飯と薬ができる頃に起こすから」
 カイトの胸に薄手の毛織物をかけ、レンは踵を返す。天幕を出る寸前に一度だけ振り返り「寝ろよ!」と叫んでいった。
 言われなくても、身体はすでに動かなかった。痺れが手足を萎えさせ、身体中が軋むような痛みを訴えてくる。息をするたびに、頭の芯がずきずきと悲鳴をあげている。
 朦朧としていく意識のはしで、罪悪感だけがこびりついて離れなかった。
 元々祈祷師の跡継ぎとして育てられたカイトは、子供の頃から藍染めを仕込まれている。刺繍もできるし、薬草の目利きや調合だって、全て自分でやってきた。
 あれが仕事なのは事実だ。弔いの祈祷に使う布は、常に一着分用意しておく。常に誰かしら死んでもいいように――というわけではなく、長く使われない弔いの布があるのは、それだけ日々が安寧であることで縁起がいいのだ。弔いの衣は少し古びた布で作るくらいが丁度いい。
 だけど、あの時染めていた布は、自分で使うために染めたものだ。死者に着せる衣には血縁にあたる者が手を加えるのが習慣なのだが、カイトには血縁がない。
 普通は家族が白いローブの裾に、刺繍で家の文様を入れる。指先に痺れや痙攣が起こるカイトは、もう針が上手く持てない。だから刺繍のいらない青布を自分で染めていた。先月、村で一番の古株だった老婆が亡くなって、弔いの衣のために用意していた布は使ってしまった。そして次に弔いの衣が必要になるのは、恐らく自分だ。
 先代の祈祷師の実の娘であり、今はこの部族の神事をほとんど全て引き継いでいるルカとは、ほとんど実の兄妹のように育っている。子供の頃からこの家に預けられていたし、両親を喪ってからは名実共にこの家の子供となっている。だから彼女に頼んでもよかった。血縁はなくとも家族は家族だ。
 リンとレンは、小さい頃からカイトによく懐いていた。彼らもまた両親を喪っている。双子を生んで弱った母親は、彼らが生まれてから一年も持たずになくなり、父親も狩りの最中の事故で死んだ。幸いにして彼らにはすぐ近くに叔父がいたので、カイトのように血の縁を絶たれてしまうことはなかった。それでも、同じ境遇に何か感じるところはあるのだろう、父を喪った後の二人は尚更カイトを兄と慕うようになった。彼らも、もう家族も同然の付き合いだ。
 部族の皆は血の縁による絆を大切にする。だけど、カイトには誰も血の通った縁はない。血の繋がりではない絆で結ばれている家族に、遠くない未来に召されることになるであろう自分の存在を、押し付けたくない。自分の感じた痛みを背負わせたくなかったのだ。
 まだ幼かった自分が、義父に教えられながら白い布に青い糸を縫いつけたことを思い出す。その二着の衣は、争いで亡くなった自分の両親のためのものだった。
 空と海の果てに、死者はゆく。だけど、馬を駆けて海を臨んでも、色濃く染まる夏空を仰いでも、確かに血を分けられたはずの両親の顔は最早おぼろげで思い出せない。
 何だか泣きたい気分になって、重く痛む身体で寝返りを打つ。鼻先にレンが置いていった薬草が触れた。その香りが、息苦しさを少しだけ和らげる。
 目を閉じたカイトは、ゆっくりと眠りの淵へと沈んでいった。



 ぼんやりと、カイトは草原を見ていた。
 それは夢だとわかっていた。意識を失って、自分の中にある記憶を夢のように見ている。
 身体を壊す前、カイトは数ヶ月ほど東へ旅に出たことがある。
 今は昔に比べて気候が穏やかで、全ての草がやけつくような干ばつも、何もかもがぬかるみのなかに沈むような長雨もない。だけど、過去には何度もあった。カイトが両親を失った争いも、乾いて草が枯れた地では遊牧も狩りもできず、わずかな水場や狩場を部族同士で奪い合っておこったものだった。
 カイトは十年ほど経ってもなお『墓場野』と呼ばれるその地までやってきた。微かな記憶を頼りに、両親の遺品が何かしら見つからないかと探しにきたのだ。
 見つかるはずはないとわかっていた。姿すらほとんど覚えていないのだから。だけど、探さずにはいられなかった。自分のこの髪の色が死者を迎え入れる地に許された色だというなら、この手に絆たる証を取り戻せるような気がしていた。
 血のつながりを重んじる部族の中にあって、この髪の色ゆえに血のつながらない縁を持ち生きのびてきたカイトは、決して不幸ではなかったが心の奥底にある孤独を消すことはできずにいた。預けられていたから、両親と同じ天幕で過ごした日々はそう長くはなかった。
 過去の戦場に残っているのは、ほとんど何もなかった。『墓場野』はすでに墓場ではなくなっていた。草木が萌え、花が咲き、鳥が歌い、兎が駆けていた。名残は錆び付いた太刀の残骸が、土に半ば埋もれながらあったぐらいだった。
 あれほどに求めていた家族の絆も、血の縁を大切にする部族の誇りも、全てが土にまみれて朽ちていく。
 しばらく東を放浪し、ようやく覚悟を決めて帰ると、天幕で義父とルカが待っていた。帰る場所はここなのだという安心と、帰る縁はもうないのだという悲しみが、胸を締め付けた。素直に、義父の後を継ごう。そう、思った。
 それから一年後、カイトは病で倒れた。そしてもう一年後――。
 ――額に冷たいものが触れ、カイトは重い瞼を上げる。
「あ、起こしてしまいましたか?」
 濡らした布でカイトの額を拭きながら、淡い桃色の長い髪をした女性が微笑んでいる。
「いや……大丈夫。夢を見ていたみたいだ」
「少し熱があるようです。あの二人から聞きましたよ。ご無理をなされたんでしょう? 水をお持ちしますから少し待っていてください」
 額に置かれた布は、ほどよく冷えて気持ちよかった。
 ルカは狩猟の神に祈りを捧げるために、昨日から家を空けていたはずだ。祈祷用の祭服のままのところを見ると、帰ってからずっとカイトの看病をしていたのだろう。
「疲れてるだろうに、ごめん……」
「兄様がそうやって気に病むのをやめてくださる方が、疲れなくて済みます」
 返す言葉もなく、カイトは黙りこんだ。ルカは浅い器に水を注いで、カイトの口元に運ぶ。起き上がる気力がないのにも気づかれている。
「身体が動くうちに、できることをしておきたいんだ」
「それはわかりますけど、今ご無理をなされたら明日にでも身体が動かなくなるかもしれませんよ。現に今、酷く具合を悪くされているでしょう? 私がいない隙をうかがったりせず、そういうのは体調が良い日だけにしてください。藍染めなんて、兄様がご自分でなさることではないでしょう?」
 見抜かれている。それもそうだ。一緒に祈祷や祭事のことを学んできたのだから、彼女は祈祷師の天幕で行われる日々の仕事がどんな意味を持っているかも彼女は全てわかっている。
 ルカの座る椅子の隣には、台に白い衣がかけられていた。裾を青い糸で縫いつけている最中だ。刺繍は手の震えがあるカイトにはもうできないから、今は全てがルカの仕事だ。あるいは、藍染めの件をリンからきいて、カイトが手出しをできないように先に作ろうとしていたのかもしれない。
 この衣も、自分が着ることになるのだろう。そう思って、また見抜かれそうだと目をそらした。
 そんなカイトを横目で見て、ルカは何も言わず刺繍針を一つとり、それをおもむろに自分の指に突き刺す。
「な、何を……っ」
 カイトは驚いて起き上がろうとしたが、目眩と鈍い頭痛にさえぎられ、身じろぐことしかできなかった。
 ルカは器にまだ残っていた水に自分の指から流れ落ちた血を一滴たらし、そしてそれをカイトの口元に流し込んだ。拒否することもできず、思わず飲み込んだカイトに、彼女は悪戯っぽい笑みを見せる。
「血の縁を気にされているのでしたら、これで私と兄様は血が繋がったことになりますね」
「……そんな無茶な」
「日々私達が食べ、飲んだ恵みは血肉と変わり生き続けるのだと、地の精霊が申しております」
「それは……狩りが殺生にはあたらないという口上であって……」
「兄様が気にされているのはこういうことだと思いましたので」
 カイトは苦笑混じりの息を漏らした。全く敵う気がしなかった。少し気が楽になったのは事実だ。
「どんな夢を見てらしたんですか」
 気を落ち着かせる香の葉に火を入れながら、ルカが尋ねる。
「昔の……東にいってきた時のことだよ」
「あの時ですか。しばらくリンとレンが二人でついていくと聞かなくって大変でした」
「そうだったんだ……」
「レンは丁度狩りに連れて行ってもらえるようになったところでしたしね。でも、連れていかれた方がよかったかもしれませんよ? 兄様は何でも独りで抱えこむから、あの二人の子守をするくらいで丁度いいんです」
 布を水で浸し、再び額をぬぐうルカの手の心地良さに癒されながら、カイトは苦い笑みを漏らした。
「兄様のことだから、継ぐためにこの家に預けられたのに結局継げなかったことも、父様が私に全てを託したことも気にされているでしょう?」
 無言のまま、肯定する。ルカは肩をすくめた。
「父様にとっては兄様も実の息子と同じです。どうして父様が私に祈祷師を継がせたと思っています? そして仕事を放り出すや私達など放って旅に出られたでしょう? 兄様の病を治す薬を探しにいったのですよ?」
 義父はカイトが性質の悪い風土病に侵されたと知ると、仕事の全てをルカに託して隠居をし、あまつさえ壮年とは思えぬ行動力で西への旅を決めた。この辺りのもので作ることができる薬では、治すことができないからだ。
 西域には砂漠もあるという。老齢にさしかかっているような人間が旅をするような場所ではない。
「私の母様は、兄様と同じ病で亡くなっています。兄様も覚えていないくらい昔です。私もまだ立って歩くようになったばかりの頃だと聞きました。同じ病で何度も家族を失いたくなかったのでしょう。病を治すのも祈祷師の仕事の内ですしね」
 それは初耳だった。今まで、義母の死因について義父は「流行り病だ」としか言わなかったからだ。
 ルカが微笑みながら、熱い額とは裏腹に冷えきったカイトの手を握る。
「兄様ひとりの身体ではないのですから、自棄にはならないでくださいね。レンなんて、近頃は狩りに行くたびに得物よりも薬草を多く持ち帰るようになっていますよ」
「うん……そうだね」
 レンが摘んできた薬草は、種類ごとに分けられ柱に吊るされていた。解熱の作用がある草と、目の眩みに効く草、煎じると神経の痛みに効く花。ルカに教えてもらったのだろう。きちんと症状にあった草を摘んできている。
 噂をすると、外をぱたぱたと走る足音が聞こえてきて、食事の器と薬鉢を抱えたリンとレンが、それぞれひょっこりと顔を覗かせた。
「お、ちゃんと寝てんな」
「お薬作ってきたよー」
 小動物のように駆けよってきた二人は、ルカの隣に行儀よく並ぶ。
 弱っているカイトにも食べられるように麦の粉を練ったものを柔らかく煮込んだおかゆと、ルカのために持ってきたらしい堅焼きのパンと香草を振りかけた鹿の炙り肉をレンが台に並べる。リンはまだ手にもった薬鉢の中身を、すり棒で練っていた。
「起きれますか、兄様」
「うん」
 まだ身体は重かったが、どうにか半身を起こすことができた。おかゆの器を受け取って、少しだけ口に含む。正直に言えばあまり食欲はなかったが、食べなければ弱る一方だし、この顔ぶれを前に余計な心配をかけたくもない。こういう思考がいけないのかもしれないが。
 ――あともう少しだけ……。
 もう少しだけ、この地に留まっていたい。カイトは静かにそう思った。
 空も海も、今は少しだけ遠くにあってほしいと願うのは、贅沢だろうか?



 月の満ち欠けが一巡りした頃、カイトはついに自力で寝床から出ることができなくなった。手足は痺れて感覚に乏しく、それなのに痛みだけは少し動くだけで全身を駆け巡った。高熱でうなされることも増えた。
 祈祷の仕事がない時はルカが、ルカが不在の時はリンやレンが見舞いにきて手足をさすってくれたが、容態が良くなることはない。
 それでも、支えられながらどうにか起きていられる間は、薬草のことを調べていた。手が震えて字が書けないから、ルカに代筆を頼んだ。薬草を調合するのも祈祷師の領分だから、カイトもルカも、少し馬で駆ければ行ける場所に生えているような草花なら大体姿かたちも効能なども把握している。組み合わせや調合の仕方を工夫してみるくらいしかない。
 そんなことをしている間にも、またひとり同じ病に倒れたという。ひとり、ふたりと、じわじわと倒れていくのは、ある意味下手な流行り病よりも性質が悪いかもしれない。ルカが祈祷をしにいっているが、この病に関しては祈祷も薬草も延命になっても全快した試しがないので、気の重い仕事に違いない。
 寝床の傍らに摘まれた薬草の束を見つめながら、カイトは浅く息を吐く。身体の上に重い石でも置かれているみたいな気分だ。外はもう初夏のはずなのに、自分の周りだけが冬になったかのように寒い。
 震える手で熱を吸い取ってすっかり温くなった布を、額からとった。これならない方が冷える気がする。水を汲みにいったはずのリンがなかなか戻ってこない。
 不意に天幕の外が騒がしくなった。男たちが狩りから帰って来た時の蹄の音でもない、子供達が遊ぶ時の声とも違う。
 ぼんやりと霞みがかかったような頭で考えていると、間仕切りの布をあげてレンが顔を見せた。いつもの通りに薬草をいくつかと、腕に兎の毛皮をひっかけている。
「あれ、リンは?」
「……水を、汲みにいった」
「そっか。あ、これ足元に敷いとけよ。寒いっつってただろ」
 毛皮をカイトの足元に敷いて、レンは薬草の束を種類ごとにより分ける。レンは文字を読めないので、書を見ても内容はわからないだろうが、それでもルカとカイトの会話を聴いてそれとなく覚えたらしい。花を使うもの、葉を使うもの、茎を使うものとで、きちんとまとめられていた。
「もっと変わったすごい薬草とかあればいいのにな」
「あってもレンにはわからないんじゃないかなぁ」
「うっせぇ。あと、今、行商が来てんだけど、何か欲しいものあるか」
 なるほど、どうにも浮ついた騒がしさは、そのせいらしかった。遥か西や、南、あるいは東から渡ってきた異国の品や、貴重な香辛料は行商が来た時くらいしか手に入らない。日々の糧を自然の中から得ているこの地の民は金銭を持たないが、代わりに上質の毛皮や毛織物、刺繍の入った上着や細工物が等価の価値を持っているのをよく知っていた。皆が沸き立つのも無理はない。
 とはいえ、カイトは支えられてようやく起き上がれるような有様だ。品定めにいくことはできそうにない。そして、寝ているばかりの生活に必要なものもなかった。
「僕はいいから、レンがいっておいで。兎の毛皮だけで、充分だ」
 レンは不満そうにまゆを寄せたが、それ以上口出しはしなかった。立ち上がろうとしたその時に、ばたばたとけたたましい足音がして、間仕切りの布が勢いよく跳ね上げられた。リンと、そして意外なことにルカだった。祭服姿なところをみると、祈祷を終えて帰る途中でリンに捕まったのだろう。リンが水桶と一緒に見覚えのない織物を、ルカはどうやら乾燥させた植物らしきものを上に抱えている。
「カイト兄! ねぇねぇ、聞いて聞いて」
 はしゃぎながら水おけを置き、座っていたレンをぐいと押しやると「これはお土産」と異国の模様を描く深緑色の織物をカイトの胸元にかける。なかなか帰ってこないと思っていたら、行商に寄り道していたらしい。
「これ、高価なものなんじゃ……」
「叔父さんが、カイト兄にもっていってやれって。寝てばかりでつまんないでしょ?」
「リン、病人の隣で騒いではいけませんよ」
 ルカが呆れ顔で妹分を嗜めた。座っているリンの肩越しに、彼女はカイトの枕元に持っていた植物を置く。干されて花びらの落ちきった花と、種が詰まっているらしい丸々としたつぼみのような形状の房が二つついている。
「……このあたりで見ない花だね」
「これ! これ見て!」
 リンがいてもたってもいられない様子で、植物の茎を束ねる紐に、一緒にくくりつけられていた羊皮紙を指した。ルカが後ろから、こつん、と彼女の頭を小突く。そして紐を解き、紙をリンに渡す。リンが使命を心得たりとばかりに、その紙をピンと引き伸ばしてカイトに見せてくれた。
 カイトも重い身体でどうにか寝返りを打って、その紙を見つめる。どうやら西の方の言葉で書かれた植物図鑑の写しらしい。細い線で描かれた花と、種の詰まった房。西の言葉には疎いから文字は読めないが、この植物のことで間違いない。
「父様が、旅先で顔見知りの行商の方に預けたもののようです。西の方では、兄様と似た症状の病気を治すのに使われている草らしくて」
「本当かそれ!」
 身を乗り出したレンが、横からリンの持つ紙をしげしげと覗き込む。
「これでカイト兄も病気が治るね!」
 リンが何故か得意満面に胸を張った。が、そんな二人の頭を、ルカがそれぞれ両の拳で軽く小突いた。
「だから、静かになさい。この草のことは私と兄様で調べます。いえ……、兄様はまず今すぐ休まれてください。熱があるのですから。貴方たちも、兄様に構うよりも他にするべき仕事があるでしょう?」
 リンとレンは少し不満そうにそれぞれ「はぁい」と答えて、そろって天幕を出て行く。後に残されたルカは、ため息混じりに温くなるどころかうっすら乾きつつあった布を水に浸し、カイトの額ににじむ汗を拭き取った。
「ルカ、僕を起こしてくれないか?」
「いけません。また熱があがってうなされることになりますよ?」
「でも……その草、調べないと……」
「身体を休めるのが先です」
「この病気にかかってるのは、僕だけじゃない」
「そうですね。急いで調べます。私が」
「薬草は僕の方がくわ……」
 草と羊皮紙に手を伸ばしたものの、のろのろとした動きしかできないカイトに勝ち目はなかった。ルカがさっと奪い取って立ち上がった。
「寝てください」
 間仕切りの布をまくりあげ、その向こうに姿を消すルカを見送ることしかできなかった。
 はぁ、と浅く息を吐く。人がいなくなると、急に泥のような眠気が襲ってくる。確かに、やせ我慢をしているのは認めざるをえない。
 ぬかるみに沈むような眠気に身を浸しながら、カイトは義父が草と写本の紙だけをここまで届けた理由について思い巡らせる。西へいくには砂漠を越えなくてはならない。行くだけならまだできたかもしれないけれど、帰ってくるのは難しいはずだ。義父ももう歳だ。ましてや、向こうの言葉などこの部族一番の博識だった義父でも軽く知ってる程度だろう。
 戻ってこられそうにないから、せめて病気を治せるかもしれないあの草だけを届けさせたのだろう。
「……義父さん」
 かすかに漏らした呟きは、喪失感に満たされた心の中と同じくらいに枯れきっていた。

 それから、どれくらい時間が経ったのか。いつのまにか眠り込んでいたらしい。カイトが目を覚ますと、ルカが普段着に着替えて写本と草の茎とを見比べているところだった。
「あ、兄様、起きられましたか」
「うん……」
「今、薬湯を淹れるので少し待っていてくださいね」
 間仕切りの布をあげて、湯を使いにいったルカが、草と羊皮紙をカイトの枕元に置いていく。
 少し眠ったせいか、頭は多少冴えていた。ゆっくりとした動きで寝返りを打って、先ほどは朦朧としてあまりよく見られなかった草を間近に見る。極端に暑かったり寒かったりする土地や乾いたり湿っている土地には奇怪な植物もあると聞くが、この植物はそういうものではなかった。少し形が変わっているだけで、花びらは円形に広がる形のようだし、茎はトゲもなく真っ直ぐだ。似た種類の花は、この辺りにもある気がする。
 天幕の柱に吊るして干されてるや薬草の数々を、霞む目を凝らして見る。どの草と似ているのだろう?
 やがて薬湯を持って戻ってきたルカが、枕元の薬草ではなく天井ばかりを見ているカイトに気づき首を傾げた。
「何か気になることでも?」
 肩を抱えて半身を助け起こされ、カイトは少しだけ目線が近づいた薬草の群れをもう一度見回した。やがて、目当ての物を見つけた。
「あの柱の、左から三番目」
「あれでしたら、何度か使われましたよね」
「うん。義父さんが届けてくれた草、額の形が良く似ているんだ。同じ種類の、変種なのかもしれない。でも、同じ種類なら……同じ調合でいけるかも」
「茎を煎じるんでしたっけ」
「いや、それも使うけど……今の時期は採れないから気づかなかった。あの草は、種をすり潰して煎じるんだよ。だから義父さんは、種つきのを届けてくれ……」
 そこで胃を焼くような吐き気がこみ上げてきて、カイトは言葉を飲み込んだ。ルカが背中をさすりながら薬湯を飲ませてくれて、少しだけ落ち着く。
「もう少し寝ていた方がいいですね。この草の種は、私がすり潰しておきますから。後で煎じてみます。幸い、二つ房があるので――」
「駄目だ。一つ残しておかないと……」
「でも、兄様のほかにも病気の方が……」
「だから、だよ……。義父さんは、何故、不確かな行商の伝手を、信じて、この草だけ先に、届けてくれたと思う?」
 はぁ、と息を吐く度に全身に痛みが走る。ルカの肩に身を預けながら、それでもカイトは気力を振り絞って言葉を繋いだ。
「帰ってこれる、保証が、ないからだ。義父さんは、それを、僕の分と、植えて増やす分とで、二つを寄越したんだと、思う」
「だったら、兄様に……」
「ルカ、僕も、この家で育った。誰を助けるのが、仕事なのか、わかっている」
 この部族は野で獣を狩り草を摘み、海で魚を捕り塩を採り、日々を生きていく民だ。この地が豊かであることを神に祈り、また神の時代から継がれてきた薬草の知識で病や怪我から民を守るのが、祈祷師の仕事だ。
 自分ともう一人がいて、片方しか助からないなら、カイトは自分を犠牲に選ぶ。跡はルカが継いでいるから、自分が死んでも立ち行かなくなるような事態は起こらないからだ。
 ――それに。
「自分の、ことくらい、わかる……。どの道、僕は、もう、助からない」
 もう二度と馬を駆ることはおろか、自分の足で歩くこともできないであろう、長患いでやせ細った身体を見おろした。今では食事も喉を通らず、薄く湯で溶いたスープくらいしか口にすることができない。むしろ一年も持ったのが奇跡だろう。
 ルカはしばらくカイトの身体を抱きしめながら、声を殺して泣いていた。同じ知識を学んで育ったのだから、彼女にも本当はわかっているだろう。カイトの病にはもう手の施しようがないことを。
「ごめん……ルカ」
「謝らないでください!」
 いやいやをするように首をふるルカの髪に、触れようと思い左手を持ち上げようとする。その手は届くことがなく、急に全身を苛みはじめた鋭い痛みに負けて、胸の前で落ちた。喉の奥から渇いたうめき声が漏れる。
 ルカが、はっとして泣き顔をあげる。腕の中で苦痛に歪んだカイトの顔をみるや、寝床に身体を横たえた。
「兄様、しっかりなさってください、兄様!」
 カイトは何とか答えようとして、しかし喉を通って出たのはやはりうめき声にしかならなかった。冷や水でも浴びせられたように、全身が震えて止まらない。
 悲鳴と懇願するような叫びが、酷く遠くに聞こえる。自分が息をしているのかもわからない。身体が痺れて思うように動かせなくて、それなのに痛くて寒くてたまらなくて、何かうわごとを言ったような気がするのに自分の声すら耳には届かなかった。
 瞼が重い。意識は朦朧としたままだった。目を開けていても、辺りは暗く、何があるのかもわからなくなった。
 時折、口が無理矢理押し開けられ、何か苦い液体を流し込まれるのが感覚的にわかった。飲み込む力が出ない。本当に、流し込まれているというのが正しい。
 微かに、周りが騒がしくなったような気がした。リンとレンが、異変に気づいて駆けつけてきたのかもしれない。それとも、いよいよ危ないとわかって、ルカが長を呼んできたのだろうか。
 ふと、全てが遠いできごとのように感じられた。
 体中を苛んでいた痛みも、引き潮のように遠ざかった。
 重く沈んでいた意識がふわりと浮かび上がるような感じがして、カイトはうっすらと目を開く。
 ルカやリンとレンだけではなく、長やカイトを心配したらしい人々がところ狭しとこちらを見下ろしている。
「兄様、わかりますか?」
 ルカが目の前で手をかざして振っている。うなずこうと思ったのに、身体には少しの力も入らなかった。
 ――ああ、これで、終わりなんだ。
 全てを納得する。死ぬ一瞬前に、神様が気でも利かせてくれたのだろう。
 義父が届けてくれた薬草が地に根付いたら、この病で死ぬのは自分が最後かもしれない。いや、きっとそうだろう。
 東の荒れ野に行っても、できたのは地に馬の蹄のあとを刻むだけだった。
 実の両親の顔すら思い出せないことを、後ろめたく思いながら生きてきた。
 だけど、血の縁がなくても今、自分のことを心から思ってくれる人がこれだけいる。それはカイトが特別な髪の色をしていたからじゃない。
 ――本当は、わかっていたよ。
 言葉で伝えられないのが残念だと思いながら、カイトは身体が綿のように軽くなっていくのを感じる。最後に、笑顔を作ろうと思った。上手く笑えているだろうか? 身体の感覚がないからよくわからない。
 そしてカイトは、満たされた気持ちのまま、深く深く目覚めることのない眠りに落ちていった。



 カイトは、気づけば夜の草原に佇んでいた。遥か向こうに、見慣れた天幕の群れが見える。
 身体は痛くなかったし、痺れもなかった。頭もすっきりと冴えている。
 カイトは自分が、裾を青い刺繍で飾った白いローブに、首元に長い藍色の布を巻きつけているのに気がつく。
「ああ、そうか……」
 納得したように呟いて、カイトは歩き始める。
 夜風が穏やかにカイトの髪と、藍色の布と、ローブの裾とをひるがえす。ローブの襟と裾には青い生地と糸の刺繍飾りに、黄色い糸で綺麗な模様を縫いつけてあった。首に巻いた布は、きっとカイトが自分で染物をしようとして、リンに追い出されたあの時のものだろう。 
 初夏に咲く白い花が、煌々と輝く満月の下で淡く光っていた。花が光を放っているわけではない。この白い花の蜜を好む夜光虫が、この時期蛹から出て飛び立つからだ。
「いつの間にかこんな季節になっていたんだ……」
 半年くらい、集落の外には出ていなかった。ましてやこの二月ほどは、自分の天幕からさえほとんど出られなかった。
 遠くにかがり火が見えた。天幕の群れを淡く照らすいくつもの光は、やがて列をなして集落を離れ、草原に入る。
 棺を抱えて草をわけて歩く人の群れ。驚いた夜光虫がふわりふわりと、星のような光を散らして舞い上がった。
 弔事を行う時に着る黒衣姿をしたルカを先頭に、白い貫頭衣に首元をストールで覆ったリンとレンが、花束を持って続く。それを棺を持つ列が追いかける。
 草原の只中で、大きく平たい石の上に棺が据えられた。
 ルカが、棺の青い蓋を開けた。中に横たわっていたのは、白いローブに着替えさせられた、カイト自身の身体だった。その死に顔は安らかで、微笑んでいるようにも見える。棺の傍らには行商のお土産にもらったあの深緑色の織物がかかっており、足元にはレンが持ってきてくれた兎の皮が敷かれていた。
「レン、獣の皮は普通棺に入れませんよ」
「兄貴が向こうでも寒がったら困るだろ?」
「リンも、この織物を使ってもよかったんですか」
「それはカイト兄にあげたのだから、いいの。叔父さんもいいっていったし」
 ルカは困ったように笑う。リンとレンが、カイトの胸の上に花束を置く。三人とも薄闇の中でもわかるほどにはっきりと、泣き腫らした目をしていた。
 棺を持ってきた大人たちがそろって礼をして、集落へと戻っていく。
 そして棺の前に立った三人が、声を張り上げて歌い始める。
 親しいものが棺の側で夜が明けるまで歌い続けるのが、この部族独自の弔いの儀式だ。空が、海が、世界を青く染める頃に、魂も青の彼方へと旅をする。
 カイトは、自分のために歌われるその声を、じっと聴いていた。歌声に誘われるように舞い上がる夜光虫。淡い光に照らされた彼らは、まるで星空の中で歌っているようだった。
 夜光虫に照らされて、リンの胸元に桃色の石の首飾りが下がっているのが見えた。あの時あげた薔薇水晶で作ってもらったのだろう。その首飾りの先には、歪な形の瑠璃も一緒に飾り紐でくくられていた。よく見ると、リンだけではなく、レンとルカも瑠璃の首飾りを下げている。
 ――藍色は兄さんの色だよ。
 リンがそう言って微笑んだあの日、多分彼女ンは長に頼みこんであの石を譲ってもらったのだろう。そして、三つに砕いて分け合ったのだ。
 カイトは何だかいてもたてもいられないような気持ちになって、三人に手を伸ばす。しかし、彼らの肩に手は届くことなく、風のように空を切っただけだった。
 同じ場所にいるようで、カイトはもう三人とは別の場所にいる。肉体の重みから解放された代わりに、二度と戻れない空の果てに繋がれたのだ。
 ずっと、歌を聴いていたかった。空も海も、遠くにあってほしかった。
 だけど、それは叶わない。置き去りになったカイトの体は、土の下に埋められて、やがてその上には草が萌え、緑に覆いつくされるだろう。あの墓場野のように。
 どれだけそうしていたのか、三人の声が枯れ、途切れ途切れになった頃、東の空が柔らかく白みはじめた。
 白と、眩しい金色と、燃え立つ赤と、薄桃、薄紫、そして紺碧は澄んだ藍色に変わる。
 もう、行かなくてはならない。名残を惜しむように、集落を振り返る。そして、三人の方へと再び目をやると、彼らの向こう側、輝く空を背にして二人の男女が微笑みながら手を振った。
「……父さん、母さん」
 顔も覚えていなかったはずなのに、すぐにその二人が誰なのかわかる。
 月明かりも星明りも、夜光虫がもたらした地上の星すらも、その光の前では霞んでしまう。だけど、三人の胸にある瑠璃の中には、金色の星が今も輝いて。
 カイトは歩き出す。いつかは失ってしまった絆を探すために彷徨った東の方へ。
 今は、この手の中にある絆を信じて。

 ひとつの悲しみを越えた草原に、朝がくる。



「カイトが咲いたー!」
 薄桃色の花が風に揺れる草原を、子供が駆けていく。
 金色の髪をした年上の少女の元まで駆けて、草の根に足をとられて転ぶ。
「もう、急ぐからだよ。はい、立って。痛いところはない? 泣かないんだ、強い子だもんね」
 涙をためながらもすっくと立ち上がった子の頭を、少女――リンはよしよしと撫でてあげる。
 馬のいななきを聞いた気がして顔をあげると、自分とよく似た金色の髪をした少年が馬上から手を振っていた。
 馬を急がせて近づいてきた少年――レンは、狩りの得物の兎を二羽、それとルカにでも頼まれたのだろうか、薬草の束も背負っていた。
「レンが薬草を抱えて戻ってくると、カイト兄がいた頃のことを思い出すわ」
「ああ。あの時に薬草のことを色々覚えたせいで、俺は今ルカ姉の使い走りだよ」
「仕方ないじゃん、ルカ姉忙しいんだもん」
「ま、そうだけど」
 リンの隣で、子供がきょとんとした顔をしている。薄桃色の花の群れを振り返り「かいと?」と首を傾げた。しかし、その疑問はこちらに近づいてくる女性の姿を見た瞬間に砕けて消えたらしい。はしゃいだ声をあげて走ると、彼女の腰にじゃれついた。
「もう、貴方たちがこれをカイトの花、カイトの花っていうものだから、この子、この花の名前がカイトだと思っているのよ」
 ルカは子供の頭を撫でながら苦笑していた。薬草を持ってくるレンを、迎えに出てきたのだろう。
 カイトが死に際に植えて増やすようにと託したあの種は、今はこうして薄桃色の花となって、年々数を増やし、咲き乱れている。薬草としても有用で、この花が咲くようになってから、例の病気で死んでいる人間はいない。
「この花が青かったら丁度良かったのになぁ」
 リンが少し残念そうに呟いた。
 カイトの葬儀を済ませた後、三人でこの花を植えた。この花にも西の方で呼ばれていた名前があるのだろうが、生憎あの紙に書かれていた文字を読むことは誰にもできなかった。それに、リンとレンが「カイトの花」と呼んでいたら、いつの間にか部族中に広まっていたのだ。今更この花に別の名前をつける人もいないだろう。
「兄様もこんな形で名前を残すとは思っていなかったでしょうね」
 三人の胸には今も瑠璃の首飾りが、あの葬儀の日のように輝く夜空の色をしてそこにある。
 強く暖かい風が、草原を駆け抜けていく。
「ああ……また青が帰って来た」
 レンが馬の首を撫でながら、心地よい風に目を細める。
 死者は青くて蒼い空と海の果てにいく。地に生きる人々には届かない場所へ。光の生まれる場所から旅立ち、光の帰る方へと逝く。
 だけど生きる人の手に届かないだけで、彼らの世界はすぐ隣にあって、いつまでも一族を見守っているという。
 空も海も、秋が草木を枯らして冬の凍てつく寒さが大地を白く染める頃には、鈍色に閉ざされ本来の青を失ってしまう。それでも、春になって雪が溶け、草木が萌え草原に花が開く頃には、空の青も海の青も帰ってくる。暖かい風と共に。
 だからこの地に生きる民は、暖かい初夏の風を「青が帰る」と言う。
 亡き者たちが風と共に届けてくれた、全てが青い季節を祝福するように。
 集落の方から、昼時の食事を用意する煙が立ち上り始める。子供がそれを見てはしゃいだ声をあげながら、駆けていく。
 その背中を見送り、三人は薄桃色の花が群れる草原の向こう、白い雲の泳ぐ空の彼方を見つめる。
 柔らかい風が草原を包む青が帰る日。草木の葉のざわめきの中に、彼らは懐かしい声を聞いた気がした。

 ――かえってきたよ。


END
posted by さわのじ。 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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