2010年11月08日

【捏造小説】さる文学愛好家に捧ぐ

halPの「潔癖症の文学愛好家(sm12229601)」元ネタ小説です。


小説の内容自体は、元ネタの曲、動画、P様とは一切関係ない個人が勝手に妄想で書いているものですので、その辺はご理解のほどよろしくお願いいたします。
WiEや宇宙の片隅での時みたいに、P様につるっと了承とっちゃったわけではないので、若干びっくびくしつつ……。
元ネタなだけで、曲解釈小説ではないと思います。私自身が曲を聴いて「多分こうだろうな」と思ったのとは、あえて別のエンドにしました。曲の解釈というよりは、曲を聴いた結果、私自身の「文学愛好家」としての回答ということで。
まぁ、私自身はどっちかというと容赦ない悲劇を乗り越えた末にあるカタルシスこそ至上!とか言っちゃうタイプなので、そういう人間が回答しちゃいかんのでは? と思いつつも、ね!


本文は続きからどうぞ




 はじめに見つけたのは、彼が住んでいたアパルトマンの大家だった。
 最近は病気がちだとかで、家賃の不払いが続いていた。いい加減追い出してくれようと、彼がよく通っているという町外れの林の中にある書斎を訪ねたのだ。
 どうやら実家が裕福らしく、せっつけばどこからか金を用意して払ってはくれるのだが、いつまでも手に職を持たずに物書きのまねごとをする彼を、大家は嫌っていた。たまに新作ができたから読んでくれと書いた物を持ってくるのだが、これがまたつまらない。登場人物が漫然と幸せに暮らしているだけで、事件らしい事件も起こらずに終わる。おまけにどこかで見たような設定ばかりだ。知り合いに配って歩いていたが、大家は彼の書く物語が一度でも褒められているのを見たためしがなかった。
「しかし、なぁ。何もあんな死に方をせんでも」
 大家は言葉を濁す。
 少年ならいざしらず、青年の体にはあの書斎はあまりに狭かった。ただでさえ手狭な古びた小屋の四方に棚が置かれ、ぎっしりと本が詰まっていた。その上、床にもところ狭しと本の塔がそびえたっている。中央にある小さな机がなければ書斎というよりは、倉庫と呼びたいくらいだった。
 青年は、机にやせ衰えた半身を伏せていた。大家は最初寝ているのかと思って声をかけ肩をゆすったのだが、彼の体はそのままずるりと傍らの本の塔と共に崩れ落ちた。冷え切ってこわばった彼の体の下にあったノートや原稿用紙には、病にむしばまれながらもまだ彼が物語を作ることを諦めていなかったらしい痕跡があった。多くは読むに耐えないものだ。内容以前の問題で、ペンが上手く持てなかったのか字の形になっていないぐしゃぐしゃの原稿がほとんどだったからだ。
 きっと、幸せな物語を書いていたのだろう。よくあるエッセンスを繋いで詰め込んだ、しかし物語と呼べないほどに何も起こらない平穏な話を。それが彼の唯一絶対の作風だったのだ。
 教会の鐘が鳴った。彼の葬儀は、実に寂しいものだった。親しい者などほとんどいなかったらしい。血縁らしき人の他には、義理で参列しているわずかばかりに関わりがあった人々だけだ。大家も遺体の発見者となってしまった手前出ているだけで、親しかったわけでもない。何せここ最近は彼に作品を押し付けられるのが億劫で、家賃の取り立て以外では顔を合わせることがほとんどなかった。
 しかし、大家は列の少し後ろの方に、一人だけ少年が立っているのを見つける。
 参列者の中にいつの間に混ざったのだろうか。喪服の群れの中では目立つ、白い上着に鮮やかな青いマフラーという姿だ。彼の親戚の子供だろうか。その割には、他に同年代の子供が一人もいない。第一、彼は喪服を着ていない。
 少年はじっと鳴り響く教会の鐘に耳を澄ませているようだった。
 一人として深く悲しむ人がいない淡々と進んでいく葬列の端の方で、彼だけが心から哀悼を捧げているように思えた。
「もっと近くにきたらどうだね」
 大家は何となく声をかけていた。死んでもなお誰にも省みられないあの青年に、少しばかり同情を覚えていたからかもしれない。
 少年は、驚いたように目を見開く。わずかに口を開きかけたが、結局何も言わずに走り去っていった。
 どんどん小さくなっていく背中を、一瞬だけ追いかけようか迷った大家だったが、すぐにそんな考えは心の隅においやってしまった。葬列の中の誰一人として、少年に気をとめていなかったからである。もしかしたら、正式な参列者ではなかったのかもしれない。それに、そこまでしてやれるほどは、やはりこの死者に哀悼を捧げることはできなかったのである。
 もしかするとあの青年は、古びた小さな書斎に近所の子供を招きいれていたのかもしれない。彼の書く物語の出来はともかく、本好きな子供からみればあの書斎は魅惑の秘密基地といえなくもない。孤独だった彼にも、本について語らうことができる小さな友達がいたのだ。
 そうであってほしいと思った。一人でも彼と思いを共有して、死を悼む人がいるのなら、疎まれるほどに偽善と理想の物語を追い続けた彼の短い人生にも、意味はあったに違いなのだから。

 葬列は進む。
 少年の姿はもうどこにもない。
 この世界のどこにも、存在しない。
 もう彼の姿は、理想だけが詰め込まれた物語の中でしか、見ることはできないのだ。



 幼い頃から病気がちだった彼の楽しみは、本だけだった。
 家は裕福だったが両親の仲は悪く、彼らは息子に好きなだけ書物を与えること以外に愛を示そうとはしなかった。
 だから、彼には本の世界が全てだった。本の中には、理想的な愛が満ち溢れていた。ただ、ひとつだけ気に入らないのは、それらが血を吐くような苦難を越えなければ手に入らなかったり、あるいは不条理な事情で引き裂かれていく物語が多すぎることだ。
 成長して多少は身体が丈夫になり、辺りを意味もなく散策することを覚えるようになった頃、彼は裏手の雑木林でその小屋を見つけた。昔、この雑木林が森と呼べるくらい広かった頃に、森番に使わせていた小屋らしい。今では森は切り開かれて随分と狭くなって、森番も必要がなくなって小屋だけが残ったのだ。
 彼はそこを自分の秘密の書斎にした。本を愛し、本の世界に浸りきっていた彼は、密かに作家に憧れていたのだ。むしろ、憧れを通り越して使命感すら覚えていた。
 物語は、もっと幸せでなくちゃいけない。辛い事も、悲しい事も、争いも憎しみもない完璧な理想郷でなければならないんだ――。
 彼はその小さな秘密の書斎を、作家としての始まりの地にすることにした。
 彼にとって、現実は遠い世界で、物語こそが真実の世界だった。
 それが、誰からも省みられずに育てられた自分と、自分を取り巻く現実からの逃避だということに、彼は気づかなかった。今まで読んできた様々な本の、とびきり幸せな部分だけをツギハギにしてひとつの物語を完成させた時も、純粋に傑作が出来たとしか思わなかったのだ。
 ところが屋敷に戻って使用人に読ませても、反応はいまいちだった。いかにも言い辛そうに言葉を濁される。両親に至っては相手にしてももらえない。
 仕方なく、彼は町まで出て出版社の門を叩く。子供の道楽には付き合えないと追い払われる。とにかく誰かにきちんと読んでもらいたくて、書店のや図書館の前で誰かしらを捕まえて読んでとせがんでみたりもした。
 何人かは律儀に付き合ってくれた人がいた。しかし、肝心の評価は誰のも芳しくはない。どこかで見たようなシーンばかりだとか、話に一貫性がないだとか、盛り上がる場所が一つもないとか、大体そんな感想しか得られなかった。
 それは、本だけが世界の全てであった彼にとって、到底受け入れられるようなものではない。理想郷である物語の世界から、唯一の汚点である悲しみを取り払ったのに。幸せで、誰も傷つかなくて、完璧な世界に変わったはずなのに。
 認めたくなくて、何度も何度も書きなおした。書きなおすたびに、誰かに読ませに行った。どれだけの自信作を持っていっても、反応は何も変わらない。
 人の不幸は蜜の味という。悲しみや憎しみや、残酷な殺し合い。そんなもので物語を彩らなければ、この街の人々には受け入れられないのだろうか? 自分よりも不幸な人間を見れば、自分は幸福だと安心できるから?
 その頃には、彼は少年から青年になっていた。秘密の書斎は、身体の大きさと溢れかえる書物のせいで、すっかり狭くなっていた。
 彼は屋敷を出て、アパルトマンで一人暮らしを始める。自分の作品を受け入れるどころか、相手にすらしなかったり、身勝手な偽善だと斬り捨てたり、あるいは雇い主の嫡男だからとひたすら言葉を濁す人々と一緒に暮らすよりは、集合住宅でも一人の空間で過ごす方が精神が休まる気がしたからだ。
 丈夫になったといっても病気がちなことには変わりなく、満足に働くことはできない。親に金を出してもらっての一人暮らし身分で、ひたすら小説を書くことに没頭している自分が、世間にはあまりよく思われていないことを彼はよく知っていた。誰とも上手くやれない、家を継ぐことすらできない、病弱な厄介者のお坊ちゃん。それが彼につけられたレッテルだ。
 だからだろうか。尚のこと、彼はあの狭い書斎で傑作を生み出すことに心血を注ぐようになった。時には自宅に戻りすらせず、幾晩も書斎で明かすこともあった。

 彼の世界は、本の中にしかなかった。
 だからわからなかった。
 現実の世界を知らなければ、作り物の世界を彩ることなんてできないということに。
 人々は悲しみや残酷な物語を好むのではなくて、その中から輝く希望を見出す物語にこそ惹かれるのだということに。
 そして、幸せなだけの物語でも、数多に溢れている本からのツギハギではない、素朴な心の内から生まれてきたものだったら、受け入れられたかもしれなかったということに。



「本当に誰も傷つかない、優しい物語だね」
 その声を、彼はどこかで聞いたことがある気がした。
 気づくと狭い書斎のうず高く積まれた本の塊の上に、少年が腰掛けている。白い上着と青いマフラー。どこかで見た格好だったけれど、彼は思い出せなかった。
 本に座るな、と言おうとして、乾いた咳をもらす。喉の奥でヒューヒューと音がする。胸に鈍い痛みが走る。
 少年は、今まで彼が書き上げてきた物語を読んでいた。数年分の作品は、二十作以上に及んだが、そのどれかひとつとしても、誰かに認められたことはない。最近では「作家気取りの変わり者」としてすっかり名が通ってしまい、相手にすらされなくなった。
「僕は好きだよ」
 少年は笑った。
 初めてかもしれない。好意的な感想をもらったのは。
 どこから入りこんだのか、いつからそこにいたのか、だから本の上に座るな。色々言いたいことはあったが、好きだといわれたことは嬉しかったし、正直息も苦しかったので何も言わないでおいた。椅子にもたれかかっているだけでも、精一杯なのた。
 黙って、ペンを握る。今回参考にしたのは、悲恋に終わる部分以外は大好きな騎士物語。この悲恋さえなければ、騎士が最後愚かな戦争に身を投じることはなかった。姫と騎士がきちんと結ばれていれば。そうだ、あの物語は姫と騎士が結ばれる。途中の仲間の死さえなければ完璧だった。この話のエピソードを混ぜよう。それと、領土拡大のために力もない小国に戦争を仕掛けるなんて酷すぎる。そうだ、小国は同盟によってこの国と平和的に結ばれるのだ。戦争が起きない国で、姫と騎士は引き裂かれることも戦う必要もなく幸せに暮らす。――ほら、誰も傷つかない世界に変わった。
 だけど手が震えて、ペンが上手く握れない。よれた線が描かれていくだけで、文字の形を成してくれない。
 大きく何度か咳き込んだ。口の中に温い液体と鉄の匂いが溢れる。
「う……ぐ、げほ……あ、ぅ……」
 視界がぐるぐると回る。口元を押さえた手に、赤い液体がぼたりと垂れる。書きかけの原稿に、歪なシミを作っていく。
 肺を病むようになったのはいつからだっただろう。
 元々丈夫でない身体に鞭を打って、小説を書き続けた。小説だけが世界の全てだった。現実には何もなかった。空想だけで生きてきた。
 そして、今、現実は空想を形にする力を、彼から奪おうをしている。
 机から落ちた原稿用紙を、少年が拾い上げた。ぐしゃぐしゃの字と赤いシミで汚れたそれを、細い指がめくっていく。
「誰も傷つかない世界が書きたかったって貴方は言うけど、これじゃダメだよ」
 少年は言う。好きだと言ったくせに、やっぱり他の多くの人間と同じように、誰かが不幸にならないと満足できないのか。
 悔しさと苦しさで、胸をかきむしった。全然楽にならない。咳をするたびに、血の混じった唾液が口の端で泡を吹いた。寒くてたまらないのに、額には汗がにじむ。
「だってね、これを書いている貴方が傷ついているから」
 ぴくり、と。
 彼は呼吸するたびに痛む胸を押さえながら、それでも顔を上げた。少年はまだそこにいる。悲しそうな顔で、微笑んでいる。
 そこで彼は、ようやくこの見覚えのある少年の顔を思い出した。
 そして悟る。自分はここで終わるのだろう。自分で作りだした、あまりにも綺麗な理想に押しつぶされて。
「……綺麗な、ものだけ、愛でられたら、それで……よかった、んだ」
 現実は、いがみあう両親と、腫れ物扱いの使用人と、理解してくれることのない他人しかいなかったから。だから物語の中の理想に埋もれていたかった。
 それが余計に自分を『綺麗なもの』から遠ざけているなんて、思いもしないで。
「君は……僕の話も、書き換えるの……かな?」
 こんな終わり方をする物語を、誰も傷つかないで済む優しい世界に変えることができるというのだろうか。
 少年は――屋敷を初めて一人で抜け出して、この小さな書斎を見つけた時と同じ、白い上着と青いマフラーを身につけた過去の自分が、答えた。
「……そうだね。今の貴方を僕が知っていたらきっと、書きかえるだろうね」
 その言葉に、彼は静かにうなずき、ペンを手に取った。不思議と、あれだけ酷かった手の震えが止まっていた。
 とても短い物語ができた。
 病弱で友達もいなかった少年が、家を出る。本を持ち出して、小さな秘密の書斎を作る。それから、もう一度少年は街に出る。今度は、秘密の書斎を共有できる友達を探すために。
 何の悲しみも憎しみもない。優しくて、暖かくて、それは、まるで――。

 少年は――かつての自分が、微笑んだ。

「ほら、誰も傷つかない世界に変わった」



 彼の小さな書斎は、後日家人によって取り壊され、蔵書の中でも状態の良いものは図書館に寄贈された。
 何せ小屋の八割を埋め尽くしていた本だ。相当な量で、司書たちは喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないような阿鼻叫喚の図に陥っていた。
「寄贈は嬉しいんですけどねぇ。これってあの人のでしょ?」
「そうです、あの自称作家の方の。何か祟られそうですよね」
「たまに書いた小説置いてくれないかって来てましたもんね。最近はめっきりこなくなったと思ったら、あんな若さで亡くなるなんてねぇ」
 口々に言い合いながら、本を仕分けていく。文学作品ということ以外に、ジャンルにまるで一貫性がない。
 分厚い本と本の間から、一冊の原稿用紙の束が転がり落ちる。
「あれ、これって……」
「自称作家さんの遺作?」
 十枚にも満たない短い物語。
 ひとりぼっちだった白いコートに青いマフラーの少年が、秘密の小屋を見つけて、街で友達を作って、遊びつかれて家に帰る。ただそれだけの物語。
「これ、清書して作品棚にいれてあげましょうか」
 年老いた司書の一人が、それを読んで、懐かしそうに目を細めた。何年も前に、ある少年が物語を綴ったノートを持ち込んで自分を困らせたことを、思い起こしながら。
「最初にこの物語を書いていれば、彼は偉大な作家になれたかもしれないわね」

 彼が残すことができた最初で最後の「誰も傷つかない幸せな物語」は、その街の図書館の片隅に、今も置かれている。

posted by さわのじ。 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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