2010年02月16日

【エセSF】ネバーランド/エバーライズ(3)

兄誕祭連載、ネバエバ3話です。
いよいよ兄さん受難体質がフルスロットルに。
ちなみに、当サイトの兄さんは基本的にシリアス・コメディ問わず不憫な子属性なので、そこら辺はご了承いただきたく。

若干視点があっちこっち飛んでいます。ほぼ同一の時系列で別々の場面を描写するって難しいね。


それでは、続きから本編へー。





act.3 人形劇に繰り糸はなく《Marionette dances ungracefully》

 目を開くと、髪の長い女の子が微笑んでいた。
 顔はよく見えなかった。だけど、微笑んでいるという事実はわかった。――いや、覚えていた。
「本当に、カイトでよかったのかい? もっと歳の近い子や、お姉さんでもよかったんだよ?」
 そばにいる誰かが尋ねる声。
「カイトが良かったの! パパみたいに大きな手なのがいいの!」
 彼女の手が、自分の手をとる。確かに彼女の手はまだ小さかった。子供の手だった。カイトが手を重ねれば、容易に覆い隠すことができるほどに。
「――はじめまして、マスター。僕はカイト。これからずっと、貴方のものです。特技は歌うことですよ。どうぞ、ご命令ください」
 僕は初期設定に倣って、彼女に話しかける。すると彼女は急に不機嫌になる。
「わたしはマスターって名前じゃないもん」
「マスターとは、ご主人様、という意味です」
 ぷりぷりと怒る彼女に、僕は少しだけ困りはてながら、そう答える。
「ご主人様、はいや。どうせ呼ぶなら“お嬢様”って呼んでね!」
「はい、かしこまりました――“お嬢様”」
 ――これは、いつの記憶だろう。誰との記憶だろう。
 わからない。思い出せない。意味もない、圧縮されて沈められた情報の断片が積みかなさって、たまたまこういう形をとった。それだけのこと。ただの夢。

 その日も、カイトの目覚めはあまりよいものではなかった。



 今日、カイトは次の公演のために、打ち合わせをすることになっていた。メイコとの絡みが多い役なので、彼女も打ち合わせにくるはずだ。あれからずっと気まずいのだが、まさか出ないわけにはいかない。
「お嬢様、留守番はできますか?」
 相変わらず、何故か彼女には敬語で話しかけてしまっている。いきなり素の言葉に戻るのも変な気がするし、彼女はご満悦のようなので、よしとしておく。
「カイトと一緒にいく」
「でも、ずっと放っておくことになりますよ。家にいれば、一応ご飯もテレビもあるので……」
「それでもいいの。一緒に行くもん」
 お嬢様は案外頑固だった。
「うん、まぁ確かに、目の届くところにいた方が安心ではあるんですが」
 さすがに打ち合わせの間は彼女を連れて行けない。とすると、世話を頼むヒトが必要だ。ミクは今日は衣装合わせだといっていたし、双子はそろって非番。残るは――。
 インターホンが鳴った。
 あわてて玄関にかけていくと、ミクともうひとりのミクであるハツネ、そしてほのかに紫がかった鮮やかなピンクの髪をかきあげる、グラマラスなプロポーションの女性がひとり立っている。
「ハツネとルカがくるのは珍しいな」
 このマンションには、劇場関係者が多い。というのも、ここが劇場が寮がわりに契約しているいくつかのマンションのうちのひとつだからだ。劇場で働くヒトで、住居が必要になった者にはこのマンションが紹介されるというわけだ。
 そういうマンションなので、歌い手仲間もこのマンションに住んでいるヒトが多い。ミクとハツネはルームシェアをして一緒に住んでいるし、ここにいるピンク髪の女性、巡音ルカも住人の一人だった。
「お兄ちゃんのことだろうから、きっとお嬢様の扱いに困っているんじゃないかと思って」
 ミクがふふん、と笑いながら図星を指してくる。
「ミクから大体のことはきいたわ、兄さん。私とルカは、今日、レッスンだけだから、その子の面倒みてもいいよ」
 ミクと全く同じ姿、同じ声で、ほんの少しだけ落ち着いた物腰をもつハツネが、ルカと目配せしあった。ルカはくすくすと笑い出す。
「聞きましたわ、カイト兄様。酷い服のセンスだったんですってね」
「そこは聞かなくてもいいよ!」
 あれから、リンにはダサイトなんていうあんまりなあだ名をつけられるし、他の女性陣からも微妙に白い目で見られるして、大変居心地の悪い思いをしたのだ。
「それじゃあお嬢様、一緒に行きますか」
 振り返ると、彼女はにこにこと笑っいて、「うん!」と元気のいい返事をする。
 そのまま僕の脇をすり抜けて、ミクに抱きついた。
「ミクお姉ちゃんのおともだち!」
「そうだよ。ルカとハツネ」
「ハツネはどうしてミクと同じ顔なの?」
 お嬢様の素朴な質問に、ミクとハツネは同じ顔を見合わせて首を傾げた。カイトも一緒になって首を傾げていた。同じ顔のヒトがそこかしこにいるのはいたって当たり前のことで、どうしてかなんて考えたこともない。
「うーん、たまたま?」
 そうとしか答えようがなかった。同じタイプの身体を持つヒトは、同じような特技を持っている。だから劇場には歌が上手いヒトが集まり、販売店には接客の上手いヒトが集まり、肉体労働には屈強なヒトが集まる。つまり、同じ姿のヒトが集まりやすいということだ。この世界は、もうずっと“そういうもの”だった。
 お嬢様は、カイトたち以上にきょとんとしている。
「面白いことをいう子ね」
 ルカがくすくすと笑って、お嬢様の手を引いた。
「さぁ、私たちと劇場に行きましょうね」
 すっかり人見知りが直ったお嬢様は、初対面のルカにも愛想良くついていく。ハツネもその後をついていって――。
「お兄ちゃん、行かないの?」
 その姿を呆然と立ち尽くし、見送ろうとしていたカイトを、ミクが振り返る。
 我に返ったカイトは、慌ててコートと鞄を手にとった。
「何か最近、考えごと多くない?」
「ん? 特に何もないよ。見ての通り、お嬢様はご機嫌だしね」
「いや、お嬢様が元気なのはわかるけど。お兄ちゃん、もしかしてメイコ姉さんとのことまだ気にしてる?」
「んん? 確かに気まずいのは本音だけど、そういうことじゃないよ」
 玄関をロックして先に歩く三人を追い、カイトは納得いかなさそうな顔をしているミクの隣に並ぶ。どうやら随分と心配されていたらしい。髪をくしゃくしゃとかきながら、カイトは逆にミクに尋ねる。
「そんなに変だった? 具体的にどこが?」
「変。すごく、変。どこがどうってわけじゃないけど……」
 きっぱりと言い切られ、カイトは引きつった笑みを口元に張り付かせる。ただ、それは一瞬のことだった。ミクが次に放った言葉によって、笑みは崩れ去る。

「何かね、今のお兄ちゃん、『天国』に行く少し前のアカイト兄さんに似ているんだもの」



 打ち合わせはあっさりと終わった。
 カイトもメイコも、プロなのだ。少しくらい何かがあったところで、それで仕事に全く手をつけられないようなことになることはそうそうない。
 それでも、ミクに言われたことを気にしているのは、雰囲気に出ていたのかもしれない。打ち合わせ後に、メイコが声をかけてきた。
「あんた、ミクあたりとケンカでもしたの?」
「まさか」
 カイトにとって、ミクはかわいい妹分だ。ケンカをするどころか。甘やかしすぎだとメイコに怒られていることのほうが多い。そもそもカイトはどちらかといわなくても温厚な性質なので、他の相手でもケンカはあまりしない。しても相手は長年の付き合いで遠慮がないメイコか、今はいないアカイトか――たまに思春期(?)の暴走を見せるレンに一方的につっかかられるくらいのものだ。
「ミクに言われたんだ。その……」
 一瞬だけ言葉に詰まり、メイコに「何?」と眉をひそめられ、カイトはため息をついた。ここで続きを言わなかったら、それこそメイコとケンカになりかねない。むしろ一方的にやられる構図が目に浮かぶようだ。
「今の僕が、天国に行く前の『ゼロ』に似ているって」
 ゼロ、というのが、アカイトと呼ばれるようになる前、天国にいった『彼』がカイトと全く同じ青い髪だった頃の呼び名だった。最初から劇場にいた方が『ゼロ』で、後から来た方のカイトがゼロの次だから『イチ』だった。この『ゼロ』と『イチ』という呼び名は、今ではカイトとメイコと、大昔からずっと劇場で働いている大道具係しかわかるヒトがいない。
 メイコは驚いたように目を見開いて、何度か瞬く。少しだけ考え込んでから、打ち合わせに使った台本を丸めて、軽くカイトの額を小突いた。
「余計なことを考えるのはやめなさい。ミクにもそう言っておくわ」
「……そうだね」
「あと、あたしは別にゼロが死んだなんて思ってないわよ」
「うん、そうだ…………え?」
「あたしがあいつの何だったと思っているの? そうね、せっかくだからリハーサルでもやってみる? これ、今まではゼロがメインやってたシナリオだから、あんた代役の時以外でやったことないでしょ? 衣装合わせはゼロと寸法同じだからいいとして、舞台装置のこととか、おさらいしといた方がいいわね」
 メイコがさっさと歩き出したので、カイトは真意を問う機会を失ってしまった。
 背筋をのばして歩く彼女の背中を追いながら、いつかゼロと呼ばれ、アカイトとも呼ばれていた、自分と同じ名前と同じ姿を持った彼と歩いた日を思い出す。彼女の後ろを並んでついていきながら、彼は言った。
 ――俺は、メイコがああやって迷わずまっすぐに歩いているのを、後ろから追いかけるのが好きなんだ。
 たまにまっすぐすぎて転びそうな時は、腕をつかんで引き戻してやれるしさ、と。恥ずかしげもなく言った彼は、同じ顔と同じ姿でも、確かに別の固体だったのだ。ミクとハツネが、別の固体であるように。多分、この世界にはまだまだカイトと同じ姿をしたヒトはたくさんいるし、メイコと同じ姿をしたヒトも、リン、レン、ルカと同じ姿をしたヒトも、たくさんいる。以前、合同で公演を行ったことがある隣町の劇場には、がくぽと呼ばれているヒトが三人そろっていた。
 姿が同じだけで、彼らはみんな別人だ。同じ型の身体を持つ、別の個体だ。
 ――それなら、どうして“別の固体”に“同じ姿”“同じ名前”を、使う必要があるんだろう?
 外見にもっとたくさんのバリエーションを作ることは、技術的に不可能ではない。現に、今もパーツ交換で外見の変更は可能だ。お嬢様が疑問にもったのは、もしかして、同じ顔が溢れているこの現状への不自然さじゃなかったんだろうか?
「ほら、さっさと来なさい!」
 メイコの声に、カイトは我に返る。
 ――余計なことは、考えないんだ。
 きっと、メイコは正しいのだろう。メイコは多分、アカイトが天国に行くことになった理由を知っている。知った上で、考えるなとカイトに言っているのだ。

 それはきっと、知れば全てを捨てて天国へ行く理由になるえるようなことだから。



 カイトがメイコに誘われて舞台に向かっていた頃、楽屋ではルカとハツネがお嬢様と戯れていた。お互い、歌のレッスンをしながら、手が空いているほうがお嬢様の面倒をみている。
「ハツネやルカみたいに綺麗な声で歌うの、どうしたらいいの?」
 衣裳部屋から見つけてきたリボンで髪を結ってもらいながら、お嬢様は無邪気に尋ねる。
「そうね、いっぱい練習すればいいわ。あとは、そこにある機械で、色々と数値を調整して……」
「ハツネ、多分数値のこと言ってもその子にはわからないのではないかしら」
「ああ、そっか。そういえばこの子、私たちみたいな端子がないって言ってたわ」
 ヒトには、個体差はあれど大抵は首のあたりに、エネルギー補給のための充電用ケーブルを繋ぐ端子と、情報をやり取りするための入出力端子がついている。特にエネルギー補給用の端子は、食物だけでは何かと偏りがちなエネルギーを、直接電池に蓄積できる重要なものだ。
 それがこの少女にはない。まるで旧人類のように。
「何から何まで不思議な子よね。遺跡にいたっていうし」
「それでカイト兄様が、この子を旧人類の子だと?」
「そうみたい。私もミクから又聞きしただけだから詳しくは知らないわ。でも……」
 結い上げてもらった髪を手鏡で見て悦に入っていたお嬢様が、不意に自分が注目を集めていることに気がついてきょとんとした顔になる。
「どうしたの? お姉ちゃんたちもおなかすいたの?」
「本人がこの調子じゃ、本当のことがわかる日は遠そうね」
 苦笑しながら、ハツネは来る途中の店で買ったドーナッツの包みを鞄から出す。ハツネとルカは充電が万全なので、まだおなかはすいていない。元より、彼女たちにとって食物で満たされるエネルギーは微々たるもので、おなかを満たすものではなくて心を満たすものだからだ。
「お姉ちゃんたちはまだいいの。これを食べたら、一緒にお歌歌いましょうか」
 ルカの言葉に、小動物のように両手でドーナッツを持ってかじりながら、お嬢様が上機嫌に頷く。
 そんな中、唐突に練習室の扉が開け放たれた。
「たのもう!」
「ここに集え我ら鏡音一家ぁー!」
 リンとレンが、二人で無駄にポーズを決めて登場し。
「あら、お二人とも今日は非番のはずでは? お忘れ物でも?」
 ルカの天然スルーによって、そのポーズが瓦解した。
 床に伏せて中途半端にくねくねとした動きをしながら、リンはめそめそと白々しい泣きまねをする。
「うう、ルカ姉のスルースキルを倒せないわ! 悔しい!」
「あのカウンターパンチ、何回やっても避けれねぇ」
 レンが同じように、わざとらしくうなだれながらぶつぶつと呟く。
 そんな二人の元に歩み寄ったハツネが、どこからともなく取り出したネギで、彼らの頭を軽く張り倒す。
「ハツネ姉、ネギくせぇ!」
「騒々しいの! 何しにきたのよ、もう!」
「お留守番してるであろうお嬢様をかまい倒そうと思ってカイト兄の家行ったら留守だったから、劇場にいるんだろうなーって」
「衣装部屋行ったら、ミク姉がこっちにいるって言ったからさ」
 ネギ汁のついた額を拭きあいながら、双子はそれぞれ答える。ハツネとルカは顔を見合わせた。あと数時間行動が早ければ、カイトもお嬢様の世話をどうするか悩まずに済んだだろうに。
「リン、レン、遊ぼー!」
 ドーナッツを食べ終えたお嬢様が、座っていた椅子からぴょんと跳び下りて、双子の元に駆け寄っていく。
「歌のレッスンはまた今度になりそうですね」
「遊ばせてもいいけど、ちゃんと後でこっちにつれてきてよ。兄さんに頼まれているんだから」
 ルカが苦笑をもらし、ハツネが釘をさす。
 三人はそろって「はーい」と答えて、練習室を飛び出した。



 リンとレンは、お嬢様に劇場の内部を案内していた。衣裳部屋や練習用の舞台、音響室などがある建物とは別に、すぐ隣に本番用の客を入れる劇場の建物がある。
 今は公演がないから、劇場関係者以外は誰もいないはずだった。
「お、使っている最中か」
 裏口から入り楽屋へと足を進める。レンは舞台照明のスイッチがオンになっていることに気がついた。公演中のスポットライトは舞台袖にある専用の管理室で操作するが、道具の設営や確認などに使う時は、舞台全体を照らす電灯をここでつけるのだ。
「多分、カイト兄とメイコ姉だよねぇ。入ったら迷惑かなぁ」
 リンが舞台へと繋がる通路の先まで小走りに行って、ビロードのカーテンの中に首を突っ込む。「やっぱり」と小さく呟いて戻ってきた。
「ちぇー、でっかい舞台見せたかったのになぁ」
「ん? 舞台見せるだけなら、取って置きの場所があるじゃん」
 不満げに頬を膨らませている双子の姉に、天井を指差す。リンは一瞬だけ目を丸くして、しかしすぐに弟の言いたいところを理解した。
「なるほどねー。でもちょっと危なくない?」
「上り下りに気をつけてれば大丈夫だって」
「それもそっか!」
 双子はすっかりこの名案に夢中になっていた。お嬢様も、二人が何か面白いことを考えていることを察して、好奇心に胸を躍らせていた。
 彼らが目をつけたのは、舞台を真上から見下ろせる作業台だ。本来はスポットライトの整備や、上から何かを降らせる時に上るための足場だった。簡単に足を滑らせたりしないように、足場には鍵を使わないと取り外せない柵がついている。
 三人はあまり騒がないようにと細心の注意をして、舞台脇にあるはしごの前にやってきた。
「いいか、兄貴と姉貴に見つかったら多分怒られるから、静かにするんだぞ」
 ささやき声で言うと、お嬢様とリンが頷く。そのまま、レン、お嬢様、リンの順ではしごを上る。
 そろそろ忍び足で舞台上に移動すると、私服のままのカイトとメイコが、ああでもない、こうでもないと舞台上での立ち位置についてやり取りを続けていた。
 劇場の中でもかなり古株の彼らは、身体機能的には双子よりも劣るらしいのだが、それでいて双子にはできない広い芸幅を持つ。
 アカペラで歌ってみせる彼らの歌声は、自分たちには決して出せない音色で、それを双子は尊敬していて、同時に悔しくも思っていた。
「綺麗だね」
 お嬢様が小さな声で呟く。
 リンが頷く。華美な衣装をきていなくても、彼らは綺麗だ。彼らだけではなく、この劇場にいるほかの歌い手も、たまに客演で来るほかの劇場の歌い手も、みんな綺麗だとリンは思っている。まるで、最初から歌うためだけに生まれたかのように。
 自分もそう見えていたらいいな、と彼女は心の中で付け足した。
「戻るか」
 レンが呟く。リンとお嬢様が頷く。みんなで一斉に戻ろうと動いたからか、足場が甲高い軋んだ音を上げた。
 それで気づいたんだろう。舞台の、丁度足場の真下にいたカイトが、顔を上げた。
 彼は驚いたように目を見開いて、そして――、

 それは、偶然が産んだ事故だった。
 誰が悪いわけでもない。
 歌い手が、公演がない日に本番用の舞台を歌の練習に使うことは珍しくなかった。練習用の施設が開いているうちなら、いつでも鍵を持ち出せることになっている。
 舞台上にある足場を使うことも、珍しいが皆無ではない。スポットの位置などを確認することはたまにある。
 とはいえ、それは滅多にないことだった。本番が差し迫ってリハーサルを重ねている時ならばともかく、次の公演までの準備期間である今は、使われるなんて誰も思わなかっただろう。
 だから、恐らくこれは仕方がないことだった。
 足場を支える支柱のボルトが劣化して危険なのを知りながら、修理を後回しにしていた舞台係も。
 それを聞いてはいたものの、すぐには使わない場所だからと特に伝えていなかったメイコとカイトも。
 申し訳程度に貼られていた「故障中」の張り紙が、幕に隠されて見えなくなっていたことに、気がつくことができなかった三人も。
 誰が特別に悪いわけではなかった。
 だからこそ――事故は起きたのだろう。



 デュエット曲で、お互いがどういう立ち位置で出るのかの話合いに熱が入っていたカイトとメイコは、本当にその音がするまで頭上の傍観者にまるで気がついていなかった。
 軋む金属の音を聞いて顔を上げたカイトは、双子とお嬢様が上の足場にいたことにまず驚いた。見たいなら別に見ていてもいいのに、まずそう思う。その次に、今彼らがいる足場が、故障中であることを思い出した。
「リン、レン! 早く戻って! そこは壊れているんだ!」
 反射的に叫んだ時、不吉な音と共に大きく足場の鉄板が傾いだ。
 リンの甲高い悲鳴が響く。レンが辛うじてすぐ隣にいたお嬢様の腕を引いて、難を逃れる。お嬢様を胸の中に引き寄せた彼が、空いている方の腕を、双子の姉に伸ばす。
「リン!」
 細い小柄な体が、揺れる足場から、落下する。悲鳴が散る。
 カイトは床を蹴っていた。落ちる寸前、どうにかリンの体を腕の中に受け止めて、そして上を見上げる。支えを失って崩れた鉄の板と、細い棒を組み合わせて作られた柵がすぐそこに迫っていた。
「――っ!」
 かろうじて、リンの上に覆いかぶさるのだけで精一杯だった。

 衝撃が背中から頭部にかけてを襲い、そこで意識が白く飛んだ。


《続く》
posted by さわのじ。 at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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