2010年02月15日

【エセSF】ネバーランド/エバーライズ(2)

というわけで、兄誕祭連載、ネバエバ2話でございます。
ニコ動ネタ&有名曲ネタを微妙にしこでみたりとか。

現時点ではあまりボカロっぽくない話ですが、最終的には「これはボカロの物語だったんだなぁ」としみじみ思ってもらえるような、そんな話を目指しています。

…………風呂敷広げすぎて畳むの超大変だとか、そんな話もありますが。
大丈夫です。ちゃんと畳むから! でも科学考証がエセすぎる点は、こういう世界のお話ということでご容赦いただければと!


それでは、続きから本編へー。





act2.眠り姫の棺は壊れ《the Sleeping little girl》

 ――お嬢様、何を歌いますか?
 膝の上に、小柄な女の子が乗っている。彼女の長い髪を優しく撫でながら、カイトは囁きかける。
 女の子は首を動かし、こちらを見上げる。はっきりとこちらを見ているはずなのに、何故か眩しくて顔がよくわからなかった。
 ――カイトの好きな歌、歌って?
 表情が見えなくても、声音で彼女が微笑んでいるのがわかった。
 ――お嬢様のお好きな歌が、僕の好きな歌ですよ。
 だからカイトもできるだけ、優しく微笑みながらそう答えた。
 だけど――。
「うそつき」
 彼女の声が、冷たく沈む。
「うそつき、私の好きな歌なんて、覚えていないくせに」
 はっきりと、彼女の声はカイトの心を抉り。
「お嬢様……?」
 そこで、気がついた。
 彼女は――誰だ?



 つんつん。つんつん。
 かすかに頭皮を引っ張られる感触に、カイトの機能が休眠状態からの回復を開始する。
「んん?」
 指令信号が体中を駆け巡り、完全に覚醒した。目を開ける。
 すぐ隣で、むすっとした顔をした女の子が、つんつんつん、とカイトの前髪を引っ張っていた。
「こ、こら、やめてください!」
 あわてて彼女の手を追い払い、カイトは起き上がる。
 女の子は、だぼだぼのTシャツのすそをつかんで、ぷうっとふくれっ面をしている。
 どうしたものかと頬をかきながら、とりあえず「おはよう」と言うと、彼女もむすっとした顔のまま答える。
「……おはよーございます」
 どうやらご機嫌斜めのようだ。
「着替え、用意したでしょう。それに着替えてください」
「やだ」
 ベッドの上におかれた女児用の服を指差しても、彼女はぷいっとそっぽを向くばかりだ。
 カイトは自分の寝ていたソファの上に彼女を座らせて、自分は使っていた毛布をたたみはじめる。
「だって、いつまでもサイズの合わない僕のシャツ着ているわけにもいかないでしょう?」
「かわいくないんだもん」
「わがまま言わないでください」
「わがままじゃないもん!」
 彼女はさっきまでカイトが枕がわりに使っていたクッションを引っつかみ、投げつけてくる。毛布を抱えていたせいで両手がふさがっていたカイトは、防ぎようもなく顔面にクリーンヒットを受けた。
「ぶ、……こ、こら! いいからそれにおとなしく着替えてください!」
「いーやーだー!」
 次はソファの下に落ちていた台本がとんできた。やはり顔面にクリーンヒット。クッションほどの破壊力はないものの、地味に痛い。
「お、お願いだから着替えてください。あとちょっとしたら、お客さんがくるんです、頼むから」
 手を合わせて拝んでみたけれども、答えは丸めたマフラーの塊となって返ってきた。
 というか、手当たり次第に物が飛んでくるようになった。
 投げつけられたものを避けて、片付けてを、なだめてすかして。どれだけそれを続けていたのか。気づけば時計の針は回り、そしてインターホンの音が響き渡った。
『お兄ちゃん、いないの?』
 スピーカーごしに聞こえる、来客の声。いつのまにそんな時間になっていたのか。
 カイトは寝起きのままだった服をあわてて着替え、玄関のロックを解除する。
「開けたよ!」 
「お兄ちゃん、何やってんの?」
 扉を開けた緑の髪を持つ少女は、部屋の中を見回し、そう呟いた。
「……お願い、助けて」
 カイトはぐったりとしながら、弱音をもらした。
 大荒れになった部屋の中で、十歳にも満たない小さな女の子がわんわんと声をあげて泣いているというこの状態を見て、ミクは呆然としている。
「やだぁ! もっと違うのがいいー!」
「でも、ちゃんと似合いそうなのを買ってきたつもりなんですよ……?」
 カイトはもう一度、ベッドの上の服を指さす。赤やピンクの鮮やかな服だ。だぼだぼで、今にも肩がずり落ちそうになっているカイトのTシャツのままよりは、断然良いと思うのだが。
「うーん、とりあえず状況から判断するけど」
 ミクがためいきまじりに、呟いた。
「その子の服が必要になった。お兄ちゃんがとりあえず適当に女の子っぽいのを買ってきた。だけど全然好みじゃないのを買ってきちゃったから、その子がすねちゃった」
「正解! すごいなぁ、ミク!」
「正解! じゃないよ、お兄ちゃん。何でいきなり子持ちになったのかはわかんないけど、正直、その服、あんまりセンスよくないよ。かわいくないもん」
「……赤とピンクだけど?」
「お兄ちゃんの基準って、赤とピンクなら女の子ぽい、てレベルなのね」
 はぁー、とわざとらしいくらいに深く深く息をついたミクは、泣きつかれてぐずりはじめた女の子の頭を優しく撫でてやる。
「女の子だもん、かわいい服着たいよねぇ。センスのないお兄ちゃんでごめんねぇ」
「ミク酷い!?」
「酷くないです。目の前にいる私は何色の服を着ていますか」
「……えーと、濃いグレー」
「リンちゃんやルカ姉さんは?」
「白と黒、黄色が基本かな?」
「赤い服を好んで着ているのはメイコ姉さんくらいよ? 女性イコール赤やピンクって先入観はどこで仕入れたんですかー?」
「……本当にすみませんでした!」
 両手をついて平謝りをしていると、それが面白かったらしくようやく機嫌を直した女の子が笑った。結果オーライというべきなのか、カイトは少し判断に悩む。
「ねぇ、どんな色が好き?」
 女の子はきょとんとして、ミクを見返す。きょろきょろと辺りを見回し、落ちていたカイトのマフラーを拾って振り回す。
「青がいい!」
「青が好きなんだ。うーん……。あ、そうだ、劇場にもう使わない子役用の服あったよね。あれ貰ってこようよ。きっとこの子に似合うと思うの! 水色でかわいいのよ!」
「あー……うん、いいけど」
 この状況をどうやって説明したらわかってもらえるのか、昨夜は一晩考えあぐねていたカイトは、あっさりと現状を受け入れるミクに拍子抜けしていた。
「聞かないの?」
 思わず尋ねてしまう。ミクは苦笑いを漏らした。
「それは劇場まで歩きながらでいいよ」
 カイトもまた、苦笑いをするしかなかった。



 ミクとはカイトと同じ劇場で働いている歌い手仲間だ。もう一人ミクがいるけれども、そちらは苗字のハツネの方で呼ばれている。特に仲が良いミクの方とは、オフの日に、時々会って遊ぶこともあった。
 劇場の中ではカイトは古株で、ミクが入った時には指導係になっていた。ミクと同じタイプの身体を持っているヒトは、極めて歌が上手いらしい。彼女は簡単に実力も人気もカイトを跳び越えていったが、今でも先輩であるカイトを『お兄ちゃん』と呼んで、実の兄のように慕ってくれる。その、妹のような存在である彼女は今、劇場への道を歩きながら渋い顔をしている。
「割れたの? 天井が?」
「そう。ごばー、って」
「で、カプセルが煙を噴いて?」
「うん、ぶしゅー、って」
「振り返るとそこにこの子が?」
「顔合わせるなり泣かれたんだよ。地味にショックだよね」
「ねぇ、お兄ちゃん、意味わかんない」
「……僕も、よくわからない」
 どう説明したら納得してもらえるんだろう。皆目見当もつかなかった。何せカイト自身が、信じられないでいる。
 あの時、あの場所を離れる前に一瞬だけ振り返ったカイトの目に映ったのは、カプセルの中から弱々しく伸ばされたヒトの手だった。
 慌てて駆け寄って助けあげたその女の子は、カイトの顔を見るなり、火がついたように泣き出した。まるで赤子のように。
 どうにかなだめて、頑張って彼女を背負って片腕で支えながら、もう片方の腕ではしごをよじ登って脱出するという、非肉体労働者にあるまじき快挙をなしとげた後、裸だった彼女にコートを貸し与えて家まで連れ帰ってきたのだ。
 彼女は自分の名前も、どこからきたのかも覚えていなかった。見た目は十歳くらいなのに、実年齢よりもかなり言動が幼い。いわゆるひとつの幼児退行、というやつなのか。
 どうしようもなく、カイトはしばらく家におくことにしたのだ。
「警察にいっても、これくらいの歳格好のヒトが行方知れずになっている情報はないっていうし、あんな場所のカプセルの中にいたくらいだから、もしかしたら旧時代の人類なのかも」
「まさかぁ。お兄ちゃん、遺跡好きなのはわかるけど、ちょっとかぶれすぎだよ」
 ミクは困ったように笑う。カイトは手を繋ぎながら、きょとんとした顔でこちらを見上げている女の子を横目にちらりと見て、肩をすくめた。
「でも、この子、充電ケーブルの接続端子がないんだ」
「特殊な場所についているとかじゃなく?」
「一応その……僕が服を貸すまでは裸だったからさ、この子。はじめにちゃんと調べました」
「ろりこん?」
「ちゃんとすぐ服は貸したし、変なことはしてないから!」
 思わず声高に否定をしてから、からかわれていることに気づいてカイトは顔を赤くした。ミクはおかしそうにくつくつと笑いをかみ殺している。いつも純真で人畜無害そうな彼女だが、たまにこういう意地悪をするから侮れない。
「まぁ、その、充電できないのは本当。でも食べ物は食べるから、エネルギーは必要みたい。ああ、そうだ、食べ物も後で買い足しておかないと」
 ヒトは普段充電でエネルギーを摂取しているから、飲食物でエネルギーをとるのは、あくまで外出時のエネルギー補助や趣味嗜好のレベルの話だ。カイトも嗜好品として多少の飲食物を所持していたけれども、すべてこの女の子に食べつくされてしまっていた。毎日の楽しみだったアイスクリームもだ。これは地味に堪えた。
「うーん、うちのネギだったらちょっと分けてあげられるけど」
「お願いするよ。食べ物も結構高いからさ」
 そんなやりとりをしているうちに、劇場についてしまった。関係者用の入り口から入り楽屋に出ると、赤いドレスに身を包んだボブヘアーの女性がこちらに気づいて片手をあげる。メイコだ。
「何、あんたら今日はオフじゃなかったの?」
「メイコ姉さん、それ、舞台衣装の新作!? すごい綺麗!」
「ありがと。ソロ用のよ。で、何か用事?」
「うん、ちょっと、この子の服が欲しくて。いらない子役衣装をもらえないかと思って」
 この子、とミクが指差した先には誰もいなかった。カイトが肩をすくめて、足の後ろ側にへばりついて隠れている女の子をゆっくりと引き剥がす。
「ほら、めーちゃんは怖いヒトじゃないから大丈夫ですよ、お嬢様」
 少しおびえたような様子で、顔だけだした女の子の元に、ゆっくりと歩み寄ったメイコが目線を合わせるようにして屈んだ。
「あら、かわいらしい子ね。あたしはメイコよ。よろしくね」
 しばらくぎゅっとカイトのコートを握り締めていた女の子が、差し出された手におそるおそる自分の手を重ねる。
「お名前は?」
「……わかんない」
 メイコが首をかしげ、カイトに説明を求めるようなまなざしを送る。
「この子、記憶喪失みたいなんだ。後で事情は説明するけど」
「へぇ、ところで、この子の今着ている服、あんた選んだの?」
 しゃんと立ち上がって、メイコは親指で女の子の着ている服を指す。さすがにカイトのTシャツで外を出歩かせるわけにはいかなかったので、ひとまず別の服を買うかもらうかするまでだけの約束で着せた、大不評のあの服だ。
「そんなにセンスがないかな……?」
「うん。あたしがこの服プレゼントされたら、あんたの顔に酒ぶちまけるわね」
「そこまで!?」
「まぁいいわ。子役衣装ならあたしよりあの子らの方がわかるわよ。リン! レン!」
 メイコが奥のほうに声をかけると、立てかけられた大道具や詰まれた衣装箱の隙間から、二つの金色がひょこっりと現れた。
「「何かした? メイコ姉」」
 綺麗にハモったソプラノとアルトは、この劇場の名物のひとつである双子の歌い手、鏡音リンとレンの姉弟のものだった。
「あんたらじゃ着られないようなサイズの小さい衣装、ころがってたでしょ? この子のために見繕ってやってくんない? あたしはこれからリハーサルだから、もう行かないとなの」
 任せたわよ、と短く言い残して、ドレスのすそを優雅にひらめかせながら楽屋を後にするメイコを見送ると、リンが喜色満面で駆け寄ってきた。
「え? どこの子? 新しく入ったの? あたしよりもずっとちっちゃい!」
 衣装合わせをしていたのか、出番がない暇な時間で遊んでいたのか、上半分が舞台衣装の豪奢なペチコート、下半分が私服のショートパンツというアンバランスな格好をしている彼女は、まだびくびくしている女の子に手を差し出す。女の子は、助けを求めるようにカイトを見あげる。カイトは苦笑いをしながら、リンと少しおくれてこちらに来たレンをひとまずソファに座らせる。
 そしてここに来るまでの道すがらミクに聞かせていた事情を、そのまま繰り返すことになった。
 話が進むにつれ、リンのほうは好奇心丸出しに、レンのほうは疑念丸出しの表情に切り替わっていく。
「え、ちょっと待ってくれよ、カイト兄。旧人類たって、二百年近く前に全滅してるだろ? 機械化されてるヒト以外は生き残らなかったって聞いたぞ?」
「ええー、いいじゃんレン。二百年の時を越えて蘇るとか超ロマンじゃないの。その黒いカプセルって何かなぁ。タイムマシンとかだったらすっごくない? それとも、あれかな? コールドスリープ!」
「まぁ、何が事実なのかは、この子に記憶がないし、証明する手段もないからどうにもできないけどね」
 両極端な二人の反応がおかしくて、カイトは笑いをかみ殺しつつ膝の上に乗った女の子の髪を撫でる。
「でもその服は確かにないよね。ミク姉やメイコ姉が言うとおりだよ」
「そこまでダメか!?」
「うん。ルカ姉にも聞いてみる?」
「……いや、遠慮しておく」
 まさかここまで自分のセンスが酷いと思っていなかったカイトは、ひたすら口元を引きつらせることしかできない。レンをちらりと見やると、彼は気まずそうに目をそらした。
「ちょっとまってね。カイト兄、この子借りるよ。ミク姉も手伝って!」
「はいはい」
 女三人が衣装箱の山の中に消えるのを見送り、残された男二人の間に微妙な空気が漂う。
 沈黙を守っていたレンが、ぽつりと呟いた。
「兄貴……俺、別にそこまで酷いセンスだと、思わなかったぜ……?」
「……ありがとう、レン。嬉しいよ」
 それは果たして、「本当は俺も酷いと思うけどかわいそうだから慰めておく」だったのか、それとも「俺は別にいいと思っているが、女子一同の目が怖くて言い出せなかった」なのか。青ざめた顔を見ると、後者なのかもしれない。後者であってほしいと、カイトは切実に思った。同志がひとりくらいいてくれてもいいはずだ。



 女の着替えには時間がかかる。劇場で長く働いているカイトは――もちろんレンも、そこはよく心得ていた。案の定、三人が戻ってきたのは次の公演でのパート分けや曲目の話題から、どこの店のバナナサンデーが美味しいとか、そういうくだらない話に移ってきたころだった。
「ほらー、似合うでしょ」
 お嬢様然としたひらひらとした淡い水色のワンピースに身を包んだ女の子は、少しはにかんだ笑みを浮かべている。着替えているうちに、すっかり打ち解けたようで、リンの手をぎゅっと握り締めていた。
 なるほど確かに自分のセンスは酷かったんだろうと納得せざるをえないほど、よく似合っていた。カイトは複雑な気持ちで頷く。
「ところで、リン、ミク、その格好は?」
「ついでだから着替えてみたの」
 二人はそれぞれドレスのすそを少したくしあげて、お姫様のようなお辞儀をする。
 リンが着ているのは、黄色と黒を基調として、いたるところにフリルをあしらった豪華なドレス。ミクが着ているのは、大きく開いた肩口に羽のような飾りをあしらった、ノースリーブの純白のドレス。
 双子の姉の格好を見て、レンは眉をひそめる。
「それ、『悪ノ娘』の衣装じゃねえか」
「そうだよー。さあ、跪きなさい!」
 リンがふふん、と鼻で笑いながら偉そうな口調で指を突きつける。『悪ノ娘』は、悪しき王女の起こした悲劇と真実を語る歌物語で、リンが主役をやる演目ではかなりの人気作だ。
「俺、その衣装嫌いだ」
 レンはリンとは対照的に、むすっとした顔でぼそりと呟いた。
「何よー、あたしの美しさに嫉妬したの?」
「ちげーよ。だってそれ、俺も着なきゃなんだいんだぜ?」
 『悪ノ娘』のラストは、王女の召使をしていた双子の弟が、服を交換して彼女の身代わりとなって、断頭台に消える。召使役をやるレンは、必然的に女装をする羽目になる。どうにも彼はそこが気に入らないようだ。
 渋面のレンとふくれっ面のリンを尻目に、カイトはミクをちらりと見やる。
「僕はミクのその衣装のほうが微妙、かなぁ」
「ええ? 何で?」
「それ、『サンドリヨン』のだろう?」
「うん。いいじゃない。お兄ちゃんもメインだし、衣装だってかっこいいし!」
「でもあの曲、僕は刺されて死ぬんだよねぇ……」
 どうにもそういうイメージがついているのか、カイトの持ち役はネタ的なお笑いキャラか、死に役が多い。両極端だ。そうじゃないものでも、メインをやるのは悲恋や孤独な設定が多い気がする。
「女装よかマシだろ」
 いじけたようにレンがぼそりと呟く。カイトは最上級の笑顔でそれに答える。
「それじゃあ、僕の裸マフラーの役をレンにあげるよ」
「断る」
 即答だった。実は裸マフラー役が代表作のひとつであるカイトは、ひそかにちょっとだけ傷つく。さすがに大事なところは隠しているんだから、たまには替わってくれてもいいのでは。
 今まで、リンとミクのドレスをキラキラとした瞳でみつめていた女の子が、不意にカイトのほうに駆け寄ってくる。
「ん? どうかしました?」
「ねぇ、かいと。はだかまふらーって、どんなの?」
「………………うーんと、あの、その……、大人になったらきっとわかるのではないかと」
「旧人類時代ならともかく、普通は金だして身体交換しなけりゃ大人になんてならねえって」
 肩をすくめながら、レンはためいき混じりに横槍をいれた。確かに、常識的に考えるとまったくもってその通りだ。
 もしこの女の子が本当に旧人類の生き残りだとしたら、一応これから大人になるはずだ。生身だった頃の人類は、成長し、そして老いていくものだったそうだから。成長や老化が具体的にどういう風な変化で訪れるのかまでは、カイトも専門家ではないからわからない。恐らく、すぐにわかるようなことではないのだろう。
 カイトは女の子を再び膝の上に座らせて、頭をなでる。柔らかくて長い髪は少し茶色がかった黒で、そんなところもまるで旧人類のようだと思う。旧人類には生まれながらにして青や緑の髪の毛をしたヒトなんて、存在しなかったというから。
「名前を思い出すまで、あだ名を決めなくちゃいけませんね、お嬢様」
「おじょうさま?」
「そう、かわいい小さなお嬢様、どんな名前がいいですか?」
「おじょーさまでいいよ」
「いや、それ名前じゃないですし」
 カイトのツッコミを華麗にスルーして、すっかり上機嫌になった女の子はカイトの膝の上でぱたぱたと楽しげに足を揺らしている。
「本人がいいっていうなら、お嬢様でいいんじゃないの? 変に名前つけても、思い出した時に困るでしょ」
 リンが結い上げた髪のリボンを解きながら適当なことを呟く。とはいえ、本名がわかった時に呼び名が定着していると困るという意見には一理あった。
「まぁ、すぐに名前を思い出すかもしれないし、しばらくはそれもいいもね。……いいですか?」
 “お嬢様”がふにゃりと笑った。どうやら異存はないようだ。
 膝の上で微笑む彼女を見て、カイトは不意に今朝見た夢を思い出す。
 夢といっても、今の『ヒト』が見るのは休眠状態の間に浮かび上がる、意味もない記憶情報の断片にすぎない。断片が少しずつつなぎ合わされて、全く覚えのない場面を作り上げることがある。今日見た夢も、そんな意味不明の情報の寄せ集めに違いない。――しかし。
「お兄ちゃん、どうしたの? 急に考え込んで」
「ん? いや、そういえば今朝、こうやって女の子を膝に抱えて頭を撫でている夢を見たんだよな、って」
「ろりこん?」
 リンが真顔で入れた横槍に、カイトは力の限り首を横に振って答える。
 カイトには、そのような趣味は一切ない。確かにやっている役がネタ的なものが多いせいか、多少アレなイメージがついていることは認めるが、本人は一切ノーマルだ。ロリを誘拐などしない。今回は保護しただけであって、誘拐には値しないはずだ。
「リンといいミクといい、何で僕を変態にしたがるんだ!」
「変態くせぇオーラがにじみ出ているんじゃねーの? あと、兄貴、さ。俺もひとつツッコんでいい?」
「…………何?」
 女性陣だけではなく、レンからも変態扱いは地味に堪える。裏切られた気持ちになりながらじっとりと睨み付けるカイトに、レンは引きつった笑みをもらした。
「さっきから、何でそのお嬢には敬語使ってんの?」
 何で、といわれても。
 あまりにも思いがけないことだったので、カイトはしばし反応できずに押し黙った。確かに、お嬢様に出会ってからというもの、自分は何故か敬語で話しかけていたのだ。理由は考え付かない。ただ、そうするのが当然だと、今の今まで思い込んでいた。
「……どうして、だろう?」
「私、その子が泣いてすねてたから、わざとやってるんだと思っていたんだけど、違うの?」
 たずねるミクに、かぶりを振るカイト。
 そういえば、あの夢の中の少女相手にも、自分は“お嬢様”と呼びかけていなかっただろうか。
 血肉でできていた旧人類と違い、現在のヒトはデータが破損しないかぎりは、記憶が薄れて忘れ去るということはない。ただ、古い記憶ほど簡単に引き出せなくなるのは旧人類とさしてかわらない。忘れていなくとも、大量の情報に埋没した過去の記憶情報は、思い出そうとすればそれなりの時間と根気が必要になる。普通に記憶していられるのは、せいぜい三十年前くらいまでだ。それよりも古い情報はよほど重要なものではない限り、自動的に圧縮され、容易には取り出せない深部に沈められる。
「もしかしたら、相当昔に、僕はお嬢様くらいの女の子と一緒にいたのかも。僕はきっと、その子のことを“お嬢様”って呼んでいて、彼女に丁寧語で話しかけて、こうやって膝に抱えて撫でてやっていたのかもしれない」
「この劇場に来る前に?」
「うん。といっても、実は昔のことよく覚えていないんだ。思い出そうとすればできるんだろうけど、そんな気分になれなかったし、そこまでする必要もなかったから」
 何もカイトに限った話ではない。過去は時を経て埋没を繰り返し、数多の記憶情報に隠されて遠ざかる。それが現在を生きる「ヒト」の忘却だ。壊れて死ぬまで続く。情報の蓄積と埋没。
 ふと、つい半月ほど前にこの劇場を去ったヒトのことを思い出した。自分と同じ背格好だった。名前も同じだった。顔もよく似ていたけれども、性格の違いが顔つきにでるとかで、案外みんな、普通に見分けてくれた。それでも遠目だと判別がつかなくて不便だからといって、ある日唐突に髪を赤く変えてきたりもした。その時から彼のあだ名は――。
「アカイト、元気かなぁ……」
 ぽつりと口をついてでる。一瞬で、部屋が静まり返った。お嬢様だけが驚いた顔であたりを見回した。そして、入口の方を見て「あ」と小さく声をあげる。
 カイトは振り返り、そして沈黙の理由を知る。
 部屋の入口に立っているのは、リハーサルを終えてきたらしいメイコだった。 
 楽屋の中央近くまでのしのしと歩いてきた彼女は、ふわりと鮮やかなドレスのすそをひらめかせ、カイトの向かいに立つ。
「元気にしてんじゃないの? 『天国』で」
「……めーちゃん。どこから聞いていたの?」
「ちょうどあんたが『アカイト、元気かなぁ』なーんて寝ぼけたこと呟いたところよ。場の空気をブリザードにしないでちょうだい」
「ごめん……」
 気まずい空気の中を、メイコは悠然と泳ぐように突っ切っていく。
 着替え用の仕切りがある、衣装箱の群れの中に消えていくのを見送って、カイトは息をついた。
 アカイトは――ヒトにとっての『自殺』ともいえる、『天国へ行く』という道を選んだ彼は、メイコの恋人のようなものだった。彼が髪を赤くした理由も、赤がメイコの好きな色だったからだ。
 メイコはまるで何もなかったかのように言うが、本当に彼が『天国』に行ったのだとしたら、元気にしているはずはない。天国なんて存在しないのだから。戻ってこなかったということは、彼は途中で気を変えることもなく、半永久的に続く命を終わらせてしまったということなのだ。
 それでも、カイトは心のどこかで――彼はまだ生きていて、きっと居心地のいい場所を見つけたから戻ってこないのだと信じたがっている。
 それにしても、その願いを言葉にして漏らしたのは、失態としかいいようがない。
「ねぇ、カイト」
 お嬢様が不思議そうな顔で、カイトの顔を見上げている。
「天国って、どんなところ?」
 カイトは、無邪気なその問いに答えることはできなかった。
 その場にいる誰も、答えることができず、ただ沈黙を守ることしかできなかったのだ。
posted by さわのじ。 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。