2009年11月10日

【捏造小説】Waiting in Earth(2)

半熟P様の「Waiting in Earth(sm4349226)」元ネタ小説です。
大変暗い話な上にいわゆる死にネタを多分に含みますので、苦手な方は回避推奨です。


なお、掲載にあたり原曲の製作者の半熟P様には許可をいただいております。
小説の内容自体は、元ネタの曲、動画、P様とは一切関係ない個人が勝手に妄想で書いているものですので、その辺はご理解のほどよろしくお願いいたします。

作成にあたって、原曲動画及び手描きPV(sm6263478)を参考にさせていただきました。


第二話です。あの子達がでてくるよ!


本文は続きからどうぞ。




Scene.1-2 Interval;静寂憧憬【From The Cradle to The Grave】

 外の世界には何もなかった。
 乾いた大地を、風が土ぼこりを巻き上げ駆けていく。
 瓦礫に沈んだ町をいくつも通り過ぎて、半ば崩れ落ちた廃墟で幾夜を明かす。
 そこに、人間の姿はない。
 進む先、遠くに無数の建物が並ぶ影があるけれども、多分そこにも誰ひとり存在しないだろう。
 ――世界は、こんなに広いのに……。
 少しずつ、少しずつ、世界は緑を取り戻しつつある。
 草や緑を見かけることが多くなった。若い木がしなやかな枝を空へと伸ばし始めたのを見て、心が躍った。
 だけど、人間はいない。
 無駄だとはわかっている。今この世界が元に戻ろうとしていても、戻らないものはあるということ。
 それでも、姿を探してしまうのは何故だろう?
 どこかで一人くらい、生き延びていてくれないだろうか。そう思ってしまうのはどうしてなんだろう?
 視界が緩やかに明滅を始める。バッテリー残量が少ないことを示すエラー音が、頭の中に響いている。
 僕は廃墟で拾った、杖代わりのパイプに取りすがって、空を見上げた。
 青い。透き通った青に、白い雲が漂っている。
 ずっと昔は当たり前で、そして今もまた当たり前のものに戻りつつある、空。
 ――ここで終わり、かぁ……。
 この空を見て終わるのなら、いいのかもしれない。このまま、眠っても。
 全てを終わりにしても――。
「本当……に?」
 ぼんやりと、呟く。その場に座り込む。
 この旅を始めてから、よく思うことがある。僕は何のために生まれてきたんだろう。
 マスターのため? だけど、マスターはもういない。
 僕は何を思って動きを止めるんだろう。
 マスターのこと? 人間のこと? 僕らボーカロイドのこと? 蘇りつつあるこの世界のこと?
 今の僕に残っているものは、何だろう? 本当は何もないんじゃないか?
 エラー音がノイズとなって、思考を邪魔する。
 青を映していた視界がぐらりと揺れて、地面へと堕ちる。
 投げ出された手足には、もう力が入らない。
 僕は最後を惜しむように、地平線の向こうへとかすんだ目をこらす。
 遠く、人影が見えた気がしたのは、都合のよい幻だろうか?



Scene.2;どうか、神様【Fly Me to The Heaven】

「あ、目ぇ覚ました」
 目を開くと、見るからに双子とわかる子供二人が僕の顔を覗き込んでいた。
「……へ?」
 多分、ずいぶんとマヌケな顔をしてしまったんだろう。二人いるうちの、女の子の方が「ぷっ」と堪えきれずにふきだした。
「……えーと」
 手足に力をこめると、すんなりと動いた。どうやら僕は地面に敷かれた布(というにはくたびれすぎている)に寝かされていたらしい。首元を覆っていたマフラーは外されて、変わりにケーブルが繋がっていた。つまり、充電されている。
「電力ケーブル……、ってことは、街?」
「うんにゃ、街じゃなくて工場の跡」
 男の子の方が、ぞんざいに答えた。
「運んでくれたの?」
「見りゃわかっだろ。あんた図体でかいから超重かったぜ」
「……ああ、それは……うん、悪いことをした」
 きっと、酷い目にあったのは主に彼の方だけなんだろうな。女の子の方は、いまだにけらけらと笑っている。ちょっと笑い方がめーちゃんに似ているな。
 二人の姿に、僕は見覚えがあった。別に知り合いというわけじゃない。同じメーカーの作品だからだ。ボーカロイドシリーズの中でも、僕よりもひとつ新しいシリーズの二番目の型。僕からみたら、二つ下の弟妹機にあたる。デフォルト名は確か。
「鏡音リンと、レン?」
「よく知ってんな。旧型のくせに」
「そんなに僕は重かったかな? ひとまず、ありがとう。もう予備も含めてバッテリーがすっからかんだったんだよ。助かった。僕のことはカイトでいいよ」
「別に、リンが助けてあげようっていったから助けただけだしっ!」
 レンはぷいとそっぽをむいてしまった。照れているのか怒っているのか。判定が微妙なところだ。
「レンは素直じゃないなぁ。あたしはもう無理だしやめとこうって言ったのに、運ぶって言い張ったの、レンの方なのになぁ」
 ようやく爆笑の渦から開放されたらしいリンが、ちょっと腹黒そうなにやり顔でそっぽを向いたレンを指でつつく。レンはぴくりと硬直したが、振り向いて認めてしまうのが屈辱だったのか、そのままぷるぷると震えながらうつむいただけだった。どうやら主導権はリンにあるらしい。僕はリンの言動にかすかなひっかかりを覚えながら、だけどその正体まではつかめずに胸の奥にしまいこむ。
 レンがすっかり黙り込んでしまったので、リンが状況を説明してくれた。
 このあたりは昔、工業地帯だったようで、今でも一部発電装置が生きている建物が点在しているのだという。人間が消え、作業用アンドロイドの多くがすでに活動を止めていても、緊急時に工場のラインをすぐに止めないで済むように備え付けられた自家発電装置は現存している。二人はそれをメンテナンスしながら使っているようで、僕が運び込まれたのも、そういう施設のひとつらしかった。
 屋根のほとんどが剥がれ落ち、無機質の壁に囲まれたこの場所に、光の帯を幾重にも垂らしていた。ベルトコンベアの残骸と思われる場所には、長い年月をかけて降り積もった土がたまり、柔らかな青い草がしげっている。
「ここから数キロいったところに、街の跡もあるよ。ここを管理していた人たちが中心となってできていた街。あたしとレンも、昔はその街に住んでいた」
「そうか。僕は……遠くの町から来た」
「どれくらい遠く?」
「うーん、今までの経路を詳しく計算してみないとわからない。何せ地上に再び花が咲き始めた頃からずっと、旅しているから」
「そんな時から!? 一体いつからだよ!」
 不機嫌に黙り込んでいたレンが、驚いて顔を上げた。僕は剣幕に少し後ずさりながら、頷く。
「うん。もういつからかとか考えるの、やめるくらいには。発電施設がまだ生きているところで予備バッテリーを充電して使いまわしながら、ずっと歩いて旅をしてた。でもさすがに最近じゃ電力が残っている場所ってあまりなくってね。今回ばかりはもう無理かと思ったよ」
「無茶だ……」
 確かに、無茶をしているとは思う。今まで、よく無事に動けていたものだ。
「君たちだって、よく無事だったね。色んな街を見てきたけど、五体満足に動けるアンドロイドなんて、もうほとんど残っていなかったよ」
 通りすがった街では、まだ動いている仲間と出会うこともあった。ただ、その多くはもうほとんど止まるのを待つばかりの壊れたアンドロイドで、後にまともに動ける仲間に会ったのはもう遥か昔のことだった。
「そうだねぇ。ほら、ここって工場が近いからさ! ね? レン」
 リンがにこにこと弟機を振り返ると、何故かレンは気まずそうに目をそらす。
 彼が何か隠している気配を感じていたけれど、僕はあえて触れようとはしなかった。長く動いていれば、言いにくいことのひとつやふたつ、できるんだろう。
「そうだ、カイト。あたしたちの街、見る? 多分、一時間ちょっと歩けばつくよ?」
 リンが街の方角を示すように、西を指す。ガラスを失って、はまっていた枠の形をかろうじて残すのみの窓から、街の影が見えた。僕はバッテリーの回復量を確認する。これなら、丸一日くらいはバッテリー切れで昏倒するなんてい事態にはならないだろう。
「そうだな……。どうせ、予備バッテリーにも充電するとなると結構な時間がかかるし……行ってみようかな」
 首の横に繋がったケーブルを引き抜いて、それをいくつかある予備バッテリーのひとつに繋げる。
「暗くなる前には戻れる?」
「余裕余裕!」
 リンの言葉を信じることにする。レンは複雑な顔をしていた。仲の良い姉弟団欒の邪魔をするのはまずかっただろうか。
「レンも、大丈夫?」
 念のため聞いてみると「勝手にしろ」と、むくれたような返事が返ってきた。何だか本格的に嫌われた気配がする。久しぶりの話し相手に僕も浮かれ気味だったから、ちょっとなれなれしくしすぎたかもしれない。
 それでも、いざ街に向かうとなるとレンは「遅れるなよ」と普通に言ってのけたので、僕は釈然としない気持ちを抱えつつも、黙ってついていくことにした。
 外に出て、近くから工場の跡を眺める。近くで見ると結構な迫力だった。半ばで折れて崩れた煙突が、空を突き刺すように何本か伸びている。しげしげと眺めているうちに二人がさっさと先に歩き始めているのに気づいて、あわてて追いかける。
 スキップするような足取りで先を行くリンと、彼女とつかず離れずの距離で歩くレン。僕はレンの少し後ろを歩く。
「おい、カイト」
 レンが振り返らないまま、僕を呼ぶ。僕は少し足を早めて、彼の隣に立った。
「どうかした?」
「これから、何があっても驚くなよ。とりあえず、俺に話合わせろ」
「……わかった」
「何も聞かないんだな?」
「僕だって、だてに長く旅してないよ。君たちだって、僕のことは何も聞かない」
「聞いて欲しいような何かがあったのか?」
「いや、何も。あったとしても、それはもう……ただの昔話だ」
 そう。もう昔話なんだ。人影を見るたびにマスターの姿を思い描くのも、壊れた仲間を見ると置き去りにしてきためーちゃんのことを思い出すのも。遠い昔の記憶情報が、ふいに浮かび上がってくる。ただそれだけのこと。
 僕らアンドロイドは、人間のようには出来事を忘れられない。データが壊れたり読み込みエラーを起こすことがあっても、時間によって記憶が色あせることはないのだ。だから過去に囚われる。決して取り戻せないものに、追いすがる。
 少し先をいくリンが、歌いだした。ボーカロイドシリーズのアンドロイドなら、多分全員歌えるだろう。サンプルに入っている歌唱データの曲だった。マスターに出会えた喜びを歌う曲。僕はリンに合わせて一緒に歌う。レンは複雑な顔をしながら、つられたように歌いだす。
 合唱が終わった頃、僕らは街に入った。予想通り、もぬけの殻だ。誰もいない。人間も、アンドロイドも。
 リンは道をふさぐ瓦礫を器用に避けながら、歩く。双子に比べて身体の大きい僕には、若干骨が折れる道もあった。そういうところは、レンが遠回りで行ける経路を教えてくれた。そっけない態度だけれど、どうやら彼は僕を嫌っているわけでもないらしい。なんだかんだで気をつかってくれる。
「レンはいい子だなぁ」
「子供扱いすんな! あんたは図体がでかいから、面倒くさいんだ!」
「青年型としては平均的な大きさだよ?」
 さすがに、型を自分で選ぶことはできない。特注すれば女性型や少年型にもできたらしいけど、マスターがデフォルト型の僕を所望したんだから仕方ないだろう。
 八つ当たりだという自覚はあるのか、レンはそれ以上はつっかかってこなかった。ただ、恨めしそうに自分の身長と僕の背とを見比べる。……アンドロイドにも、思春期ってあるんだな。
 そんなやり取りをしているうちに、リンに追いついていた。
 雑草が茂る空き地だ。近くにある大きめの廃墟の様相を見るに、おそらく元は学校の校庭なんだろう。
 そこに、無数の大きな石が規則的に並べられている。石はそこらへんにある瓦礫の中から適当に拾ってきたもののようで、大きさや形にはまるで統一感がない。奥から手前に、左から右に。一定の間隔をあけて並ぶ石の列の最後尾のところで、リンが廃材で土をほじくりかえしていた。
「あ、やっと追いついたんだ」
 懸命に土を掘りながら、リンがこちらを振り返る。
「これ、何?」
 たずねる僕に、リンはふくれっ面を作る。
「見ればわかるでしょう? お墓だよー」
「ああ、お墓か、なるほど……」
「あたしたち、ここに通ってお墓作りながら過ごしているの。戦争も末期の頃は、葬式なんて誰もやろうとしてなかったもんね。今でも死んだ人は放置しっぱなし」
 僕は通ってきた街並みを振り返った。この街の規模を見るかぎりでは、一万人は住んでいたレベルの都市だと思う。毎日通っても埋められるのはせいぜい十人かそこらだろうに……。
「まさか、全員分のお墓を作るつもりかい?」
「んー? さすがにそれは無理だよ。今じゃ、ちゃんと形がわかる遺体のが珍しいもの。誰の遺体なのかも判別しようがないし。でも、とりあえず目につくは全部埋めちゃってる」
「それにしたって大変だろう」
 戦争が終わって、世界から人間が消えて、もう計算するのも面倒になるくらいの時間が経っている。
 四六時中お墓作りに明け暮れていたわけでなくても、ずいぶんな人数を埋め続けていたことになる。きっと、埋めるのに使ったのはこの校庭跡だけではないんだろう。
 リンは土に薄汚れた頬をぬぐいながら、少し寂しそうに笑った。
「でも、この中のどれかにマスターがいるかもしれないもん。マスターがお墓もなく、ずっと瓦礫に埋もれたままなんて、嫌だもん」
 そして、再び彼女は無心に土を掘り返す作業を再開する。
 僕は彼女の後姿に、めーちゃんの面影を重ねていた。マスターが自宅のベッドで冷たくなっていたその日からずっと、隣で朽ちていく遺体と共に過ごして、自らも朽ちていった彼女。
 マスターがどこにいるのかわからなくなってしまったら、めーちゃんもそうしたのかもしれない。僕もマスターがいなくなるのが少し早かったから、きちんと別れることができたけれども、引き離されてもうどこにいるのかわからなくなっていたら、同じことをしないとは言い切れない。
 僕らアンドロイドにとって『マスター』という存在は、心のよりどころであり、稼動しつづけるための理由であり、自分の全てといってもいい。だから、僕にはリンの行為を無意味だと決め付けることはできそうになかった。
「おい、カイト。とりあえず、埋める人間探しにいくぞ」
 レンに引っ張られて、僕は校庭跡を離れる。
 角を曲がって、リンの姿が見えなくなったあたりで、むすっとしていた顔のレンがぽつりともらした。
「俺たちのマスターは、戦争が終わる少し前に死んだ。ちゃんとした墓地に埋葬されている」
「え!? じゃあ、リンが言ってたのは……」
「俺たちは、マスターがいなくなってから、しばらく休眠していた。何かのはずみに休眠が解除されて、目が覚めたらリンの中ではああいうことになっていたんだよ。最初はマスターが生きているはずだって言ってた。もう絶対に生き残った人間なんていやしないって理解したら、マスターを探し出して、ちゃんと弔ってやりたいって言い出した。俺は……本当のことなんて言えなかった」
 真実を語りながら、レンはどんどん街はずれに進んでいく。僕はそれに黙ってついていった。
 たどりついたのは――本当の意味での墓場だった。いくつもの崩れおちた墓標の中で、ひとつ小奇麗に整備されているお墓がある。おそらくそれが、双子のマスターの墓なんだろう。
 レンが手を合わせる。僕も手を合わせた。
 長い黙祷を終えて、レンは顔を上げる。少し怒ったような顔で、僕を見上げる。
「人間のような振りをして祈っても、何の意味もない。この世界に神様なんていない。いたって、俺たち機械の願いなんて聞いてくれない!」
 アンドロイドにも涙があるんだとしたら、彼は今、泣いていただろう。
 レンは怒っていたわけじゃなかった。一人でずっと、リンを守るための嘘をつき続けていた。その苦悩が、僕という存在が現れたおかげで、表面に浮かび上がっただけのこと。きっと、誰かに聴いて欲しかったんだろう。
「ずっと、辛かったんだね」
 僕は自分よりも小柄な少年の頭を抱えて、そっと撫でてやる。
「うるせぇ、子供扱いすんなって言ってんだろ! この旧型!」
「年の功といって欲しいなぁ」
 ぼろぼろになった墓石に書かれた字は、もう見えない。だから双子のマスターがどんな名前なのかも、僕には知ることができない。今さらこれを見せて、リンに信じさせるというのはちょっと難しいかもしれない。
 それに――きっと、そんなことにはもう意味がない。
 マスターが死んで、土の下で眠っていて。双子にできることは、何一つ残っていなくて。
 そう理解してしまったら、きっと彼らは動けなくなってしまう。マスターを探すという目的も、そんな幻想を守り通すという目的も、二人を動かすために必要なもの。
 動く理由がなくなったらきっと、二人とも止まってしまう。めーちゃんのように、永遠の眠りを選んでしまう。
 悪態をつきながら、それでも大人しく頭をなでられているレンから目をそらすように、僕は辺りを見回した。裏手にある茂みには、旅立ったあの日に見たのと同じ種類の白い花が揺れていた。そこに、黄色い蝶がふわりと舞って、とまる。空を見上げれば、遠くでかすかに、鳥の声が聞こえてくる。
 命は蘇る。空に昇り、土に還って、潤い、芽吹き、孵り、生きる。
 新しい命は、命なき僕らがすがる過去を少しずつ塗りつぶしていく。世界に新しい命が芽吹くたびに、僕らの求める面影が遠ざかる。
 僕らは世界に取り残された遺物でしかないんだから、それはきっと、仕方がない運命なんだろう。受け入れることは、難しいけれど……。
「そろそろ戻ろうか。リンが心配するね。大丈夫、ちゃんと話を合わせておくから」
 レンの肩を叩く。僕の胸に額を押し付けていた彼は、むすっとした顔で僕の顔を一度にらみつけてから、黙ってさっさと先に歩いていく。すれ違いざま目があった瞬間、気まずそうにそっぽを向いたから、きっと恥ずかしくなったんだろう。
 少し先にいって、立ち止まって、振り返らずに彼は呟く。
「もしも……もしも、だぞ? 俺たちを……一緒に、旅に連れて行ってくれって言ったら、どうする?」
 僕も立ち止まって、答える。
「世界の果てまでついてくる気?」
「世界の果て? 西に数十キロ行ったら海があるけれど」
「じゃあ、まずはそこまで一緒に行こうか。それから、次どこに行くか考えよう」
 レンは答えなかった。無言のまま、再び歩き出す。これは肯定だととっていいんだろうか。あえて答えを求めないまま、僕は追い越さない程度の速さで彼の後ろをついていった。
「遺体や遺品、捜さなくていいのかい?」
「……どうせ、まともにそうだとわかるようなもの、残ってねぇよ」
 確かに、どの建物も窓どころか、壁も失われているのがほとんどで、どこまでが地面でどこまでが建物なのか境目も曖昧になっている。風に撫でられた土が緩やかな時間の中で降り積もって、痩せた草がその上に芽吹く。有機物でできた人間の体なんて、とうの昔に分解されて消えている。考えれてみれば当たり前のことだ。あと何年かすれば、ここは草原になるかもしれない。人間の痕跡を、跡形もなく消し去って。
「こういうので、いいんだ」
 レンが瓦礫をひっくり返して、その下に眠っていた小さな金属製の何かを拾い上げる。錆びて朽ちて、辛うじてそれが人工的に作られたものだとわかるだけ。それでも、人間が遺したものには違いない。
 瓦礫の立ち並ぶ路地を抜てい、金属片を片手に僕らは校庭跡に戻っていく。
 リンはまだ、土を掘っているんだろうか。マスターの痕跡を見つけて、自らの手で埋めることだけを希望にして動いている彼女は、いつまでこんなことを続けるんだろう。
 自然が全てを土に還すまでか、それとも――。
「――リン!」
 先を歩いていたレンが、突然走りだす。彼が投げ出した金属片を拾い上げて、僕も追いかける。
 リンは、さっきまで穴を掘っていた場所に倒れていた。細い四肢を投げ出して、雑草の中に埋もれるように。
「リン! おい、しっかりしろって!」
 レンが身体をゆすると、彼女はうっすらと目を開けた。ぼんやりとした顔で微笑む。
「ごめん……まだ、お墓の穴……できて、ないんだ……」
「そんなことどうでもいいだろうが!」
「よくないよ……だって、あたし、もうすぐ、動けなくなる、もの……」
 少し遅れてたどりついた僕は、レンの隣に屈む。
「もう無理だからって……僕じゃなくて、君のことだったのかな?」
 僕の呟きに、レンがはっとしたように顔をあげる。倒れている僕を見た時、本当に寿命がきて止まってしまったのか、単なるバッテリー切れなのか、同じアンドロイドの彼らにならすぐわかったはずなのだ。実際、レンは僕がまだ動けるのだということにすぐ気がついて、工場跡にまで運んでくれた。僕がリンの言動にかすかに覚えた違和感は、彼女が倒れている僕を見て「もう無理」だと一度は斬り捨てたということにだったのだ。
 リンは困ったように眉をハの字にする。
「だって、カイト、助けても……あたし、どうせ、すぐに、壊れちゃう、って……。でも、レンが……仲間、助けたいなら、それも……いいかな、って? 思ってたより、早く、止まっちゃって……ごめんね」
 あはは、とノイズ混じりの声で彼女は笑った。
「ねぇ、レン……あたし、知ってたんだ。本当は、マスター、とっくの前に、死んでて、お墓の中で、どこにも、何も、残ってなんか、いないって……知って……たんだ」
「それもどうでもいいよ! 俺だって、知ってて、黙ってたんだ! 今までずっと!」
 レンを見つめながらぽつりぽつりと途切れ途切れの言葉を漏らすリンと、倒れている彼女にすがりつきながら叫ぶレン。僕は、隣で見守ることくらいしかできなかった。修理する人間もいないこの世界では、簡単な部品交換ではどうにもならない機体の寿命に、抗う術などないのだから。僕だって、もうずいぶん長いこと動いているから、いつ限界がくるのかわからない。さっきまで元気に動いていたはずなのに、急に何もできなくなってしまうかもしれない。
「……嘘でも、いいから、会いたかった、んだ……」
 リンが、手を伸ばす。無数の墓の立ち並ぶ、草原に。
「会いたいよ……マスター……マスター!」
 ただひたすらに、願うその言葉は、僕がいつか呟いたのと同じ言葉。
 マスターに会いたい。会いたくてたまらない。全てが消えていく世界で、自分の存在を肯定してくれる絶対的な存在だったマスターに、今すぐ自分の意味を認めてもらいたい。
「会いたい……よ、マス……タ………………」
 カチリ、と。スイッチが切れるみたいに、リンの手が空を掴もうとしたまま、停止する。
「……リン! おい、リン!」
 レンが彼女の身体を揺すると、静止した腕はことりと地面に落ちる。
「なぁ、リン。旅に出るんだ。カイトが、連れていってくれるって、言ったんだ! 一緒に行こうぜ。海にいくんだ。前に見た時は汚染で真っ黒だったけど、きっと今なら綺麗な色をしているよ。なぁ、楽しみだろ? マスターにいい土産話ができるよ。なぁ……リン、おい、リン!」
 何度も何度も語りかけるレンを、僕はじっと見ていた。
 何もできることはなかった。できることなど、あるはずなかったんだ。僕らボーカロイドは、マスターのために歌を歌う。それが僕らの意義で、それ以上もそれ以下も、マスターがいて初めて成立するもの。
 それでも、僕は――信じたかった。気が遠くなるような時間を旅に費やしながらもどこかで、自分自身の存在意義を……。
 いつの間にか、日は傾いていた。
 レンはリンのそばで、じっと動かなかった。そのまま夜が着て、僕はマスターが生きていた頃の設定通りに、休眠体制に入る。
「あの、さ」
 レンが首だけこちらに向けて、呟く。
「俺らがいた工場、アンドロイドの製造工場だったみたいなんだ。掘り出せばパックされた部品とかバッテリーとか、まだ残っているかもしれない。俺たちが使える分は大体使っちまったけど、図体のでかいあんたなら、使える物が多少残っていると思う……」
 今僕にそれを話すということは、もう彼は旅についてくる気はないんだろう。
 当然だ。マスターのいない今、彼の稼動する意味は全て姉であるリンのためにあった。もうリンは止まってしまった。
 多分だけれど、リンもきっと――レンのためだけに動いていたんじゃないだろうか。マスターのためという大義名分があれば、レンはマスターを思うリンのために動き続けるだろう。そう思ったんじゃないだろうか。
 それが叶わない――自分が先に壊れてしまうとわかった最期の時に、彼女はマスターの存在を求めた。マスターがいればレンはこれからも動いていける――そんな願いもあったんじゃないだろうか。
 全ては憶測だ。ただ純粋にマスターに会いたいと思っていたというのも、真実だと思う。
 僕は瓦礫の山に背を預けて、空を見上げた。紺碧に星が散らばっている。流れ星が一つ、淡い線を描いて消えた。
「おやすみ……カイト」
 レンが微笑む。僕は休眠指令が身体を駆け巡って、感覚が鈍っていくのを確かめながら、呟く。
「おやすみ……レン」
 そして翌朝、七時に僕は起動する。
 四肢の神経ケーブルに信号が行き渡って、視覚神経があたりの景色をとらえる。
 輝く朝日が、瓦礫の隙間から昇っていくのを視認して、僕の回路は完全に覚醒する。
「おはよう、レ……ン」
 振り向いた先に、少年の姿はちゃんとあった。
 ただ、彼は自分の姉に折り重なるようにして、倒れていた。
「…………レン」
 双子だから寿命も誤差で訪れたのか、それとも自ら止まることを選んだのか――それは僕にはわからない。どちらでもいいと思った。
 もう目を覚まさない。それだけは揺るぎない事実なんだから。
「ふたりとも……おやすみ」
 手を握り合って止まった双子のアンドロイドは、不思議と幸せそうに見えた。
 僕は、昨日リンが途中まで掘っていた墓の穴の続きを掘り始めた。二人分は入れるくらいに幅も広げた。
 昼過ぎまでかかって穴を完成させて、二人の握り合った手が離れないように気をつけながら、穴に横たえた。上から土をかけて、綺麗にならして、似たような形の石を二つ並べておいた。
「あは……ははは、は」
 全てを終えて、お墓の前に座り込んだ時、笑いがこぼれてきた。
 何故そんなことになったんだろう。人間は本当にどうしようもない時、泣くよりもまず笑いがこみあげてくるなんて話を聞いたことがある。それと似たようなものかもしれない。
 ――この世界に神様なんていない。いたって、俺たち機械の願いなんて聞いてくれない。
 レンはそう言った。
 それでも、リンのお墓作りを止めなかったのは、彼女の幻想を壊さないため。本当にそれだけだっただろうか? 本当は信じたかったんじゃないだろうか。
 弔いの場所を作ることで、死んだマスターに近づきたかったんじゃないだろうか。
 人間がいた証しを、少しでも多く、長く残したかったからじゃないんだろうか――?
 神様が本当にいるのか、僕にはわからない。
 いたとして、僕ら機械の願いなんてきいてくれるのか、わからない。少なくとも、自然は僕らの感傷には構わずに花を咲かせる。
 汚染された世界で、最後の最後で目を覚まして世界の再生を願った愚かな人間たちの思いは、彼らが生きているうちには聞き届けられなかった。だから僕らの願いも、全てが終わった頃にようやく聞き届けられるのかもしれない。
 ――だけど、神様……。
 ひとつだけ、今すぐ叶えて欲しい願いがある。
 僕らに魂と呼べるものがあるのなら、いなくなってしまった人間がたどり着く場所があるというのなら。
 二人がその場所で、マスターと再会できますように。
 それだけでいいから、叶えて欲しい。
 きっと、叶えてあげてほしい。

 一人のボーカロイドが、工場跡を出発したのはそれから三日後のことだった。
 かつては空と同じ色をしていたはずの髪は、長い年月を経て色あせている。同じく、鮮やかな色をしていたはずのマフラーは、ほつれて千切れかけ、泥に汚れ黒ずんでいる。白いコートも、面影がないくらいに破れ、変色していた。
 彼が背負う繕いだらけのくたびれた鞄には、二人分のヘッドセットがくくりつけられていた。
「行こうか、海へ――」
 歩き出した彼の呟きは風に乗って、遠くにかすむ街の方角に溶けて、消える。

posted by さわのじ。 at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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