2009年11月10日

【捏造小説】Waiting in Earth(3)

半熟P様の「Waiting in Earth(sm4349226)」元ネタ小説です。
大変暗い話な上にいわゆる死にネタを多分に含みますので、苦手な方は回避推奨です。


なお、掲載にあたり原曲の製作者の半熟P様には許可をいただいております。
小説の内容自体は、元ネタの曲、動画、P様とは一切関係ない個人が勝手に妄想で書いているものですので、その辺はご理解のほどよろしくお願いいたします。

作成にあたって、原曲動画及び手描きPV(sm6263478)を参考にさせていただきました。


というわけで、これで最終話です。


本文は続きからどうぞ。




Scene.2-3 Interval;青く蒼く溶ける【Over the Blue Horizon】

 その日立ち寄った街の跡は、既に原形すらとどめていなかった。
 建物の多くは風に削られ、比較的丈夫な柱ばかりが残って、挑むように空に向かって突き立っている。
 僕はそれを見て、あの工場跡を思い出す。
 あれから、誰にも会っていない。
 仲間にも、もちろん、人間にも。
 大地には、すっかり緑が戻りつつある。
 だけど、誰も戻らない。僕が知っている人は、誰も……。
 旅立った日がいつだったのか、思いだせない。
 いくら記憶情報に潜ってみても、途中でエラーが出て曖昧になってしまう。
 昔のことが、よく思い出せなくなった。
 記憶情報が壊れているんだろうか。これからも、少しずつ壊れていくんだろうか。これが僕に訪れる限界なんだろうか。
 このまま記憶が壊れていくなら、止まる時の僕には何が残るんだろう?
 僕は、マスターに伝えたかった。地球が再び緑を取り戻したことを。青い空が帰って来たことを。
 だけどマスターがいない。どこにもいない。僕の記憶の中からさえ、消えようとしている。
「……聞いてください」
 記憶の中にあるマスターの面影を拾い上げるように、僕は呟く。
 いつか教えてもらったメロディーに乗せて、歌うように囁く。

 鞄の中に入っている写真立ては、もう何が写っているのかもわからない。
 鞄を抱える右腕は、時々いうことをきかなくなる。
 長い旅路を歩き続けた膝の関節は、すでにパーツの交換ではどうにもならないくらい、軋みはじめている。
 理由もよく思い出せないままに、僕はただ歩き続ける。
 西へ。遥か西へ。
 目指すのは、海。
 青と蒼の混じりあう彼方。

 そこがきっと――世界の果て。



Scene.3;世界の果てのボーカロイド【Requiem for The World】

 空を行くのは、白い海鳥。
 強い風が、草木を揺らす。膨れ上がった白い綿雲を、彼方へとさらっていく。
 拾い物の棒で軋む膝を支えながら、僕はゆっくりと風が流れてくる方角に向かって歩いていく。
 海の気配がした。
 草に侵略されてひび割れたアスファルトの道は、決して歩きやすい道とはいえなかった。うまく上がらない足元が段差に阻まれて、何度つまづいて転んだかわからない。
 周囲を見渡すと、建物の名残を残す鉄柱ばかりが目立つ。白い石をレンガのように積み重ねた跡がそこかしこにあるのが、他の街にはなかったところだ。元々白かったのか、永い年月で色あせたのか、崩れ散らばる瓦礫も白っぽいものが多かった。
 遠い昔には観光地だったのかもしれない。白い石造りの壁や塀が連なる、海沿いの道。きっと綺麗だったんだろう。
「――っ、と」
 段差にまた足をとられて、僕は無様に転んでしまった。
 拍子でつぎはぎだらけの鞄が崩壊する。まだ辛うじて使えそうな予備バッテリーや白紙も同然に色あせた写真が納まっているフレームが、でこぼこの道に散らばった。
 起き上がる気力を取り戻すのは、難儀だった。ただでさえ、僕はとっくに寿命がきてもおかしくないだけの年月を稼動し続けている。軋みを覚え始めた機体は、潮風が吹く地域に入ってから尚更悲鳴を上げ始めていた。
 ごろりと仰向けに寝返りを打って、眩しい太陽の光に目を細める。
 その光に手を伸ばそうと、僕は右腕を上げて――。
 ごとり、と鈍い音を立てて、肘から先が落ちた。
 ボロボロになって千切れたコートの袖からむき出しになっているのは、磨耗して接合部が半壊した金属の骨組みと、破れてまとわりつく人工皮膚の欠片。割かれた神経ケーブルが、弱々しい火花を散らしていた。
「……ああ」
 言葉にならない声を漏らして、僕は無事な左腕でどうにか身体を支えて起き上がる。
 頭の中にエラー音が鳴り響くので、わずらわしくなって神経ケーブルを引きちぎった。今度は派手な火花が散ったけれども、これで完全に右腕への指令が遮断されたので、エラー音は止んだ。
「海に……行かないと」
 鞄は片腕だと持っていくのが大変だから、くくりつけていた二つのヘッドセットだけを首にひっかけて、残りはそのまま置いていくことにした。バッテリーなんて、あっても片腕じゃ交換もできないし、ほとんど空になっているのばかりだ。
 あんなに大切にしていた写真立てすら、置き去りにした。面影すら残っていない写真には何の意味もないということに、気がついていたから。
 僕が会いたいのは、写真の中で色あせていくマスターじゃない。
 僕に歌をくれて、一緒に歌ってくれて、笑ってくれて、手を握ってくれた――僕の隣にいた、マスターだけだ。
 ――海に、行けば会えるのかな。
 最後に見た海は人間がまだたくさん生き残っていた頃のもの。テレビの画面に映し出された、コールタールのように真っ黒に染まった海だった。重い灰色に澱んだ空と、濁った黒の海が描くモノクロームの水平線が、世界の行く末を物語っていた。
 空を見上げれば、あの汚れ切った灰色は嘘だったのかと思うほど、爽やかな青と眩しい白で溢れている。
 地面に目を下ろせば、枯れて荒れ果てた大地が幻だったのかと思うほど、緑や色とりどりの花が溢れている。
 積み重なる瓦礫だけが、僕に現実を思い出させる。あの暗黒の時代を嘘や幻に変えてしまうくらいの時間が経っているということを、証明してしまう。
 最後に仲間と話したのは、いつだっただろう。……確か、この二つのヘッドセットの持ち主だ。工場跡で出会った金色の髪をした双子。
 もう会えない。マスターと同じ、手の届かない場所にいる。
 めーちゃんにも。めーちゃんのマスターにも、会えない。
 僕はなくなった右腕を押さえながら、海に少しでも近づくように歩いていく。
 この街には、自然と瓦礫があるだけだ。何もない。誰も――。
「……あ」
 遠く、かすかに人影が見えた。
 髪が長い、女の人のシルエット。まだ建物の残骸の中で壁の一部が残る部分に、背を預けて立っている。
 その姿が、おぼろげになりつつある記憶の中にいる、マスターの面影と重なり合う。
「――っ! マスター!」
 僕は軋む足に鞭打って走り出した。幾度となくよろけながら、どうにか転ばずに近づいていく。
 次第におぼろげだった人影の輪郭が鮮明になって……そして、僕の足を止めさせた。
 ――当たり前のことだったのに……。
 マスターはいない。とっくの昔に亡くなって、土の下で朽ちて……。
 人影は、ちゃんとそこにあった。崩れた壁の瓦礫が積み重なったその場所に、もたれかかっていた。
 かなり色あせて傷んでぼろぼろになっているけれども、元は綺麗な翠色をしていたはずの髪。日焼けして変色し、皮膚が剥がれ落ちていてもわかる、愛らしい顔立ち。
 デフォルト名は、「初音ミク」。僕とあの双子の間に作られた機体だ。
 うっすらと開いた瞳が、虚ろに空を見据えていた。
 壁伝いに伸びた草が彼女の身体を包み込むように絡まって、丸い花で飾っている。
「……おやすみ」
 最早何の音を紡ぐことも、受け止めることもできない仲間に、僕は囁く。
 めーちゃんが止まったあの日から、幾度となく仲間の最後を見る度に贈り続けてきた言葉だ。
 答えたのは、自然の音だけだった。
 半ばで引きちぎれた僕のマフラーをひらめかせる、湿った風の音。
 そして――全てを包み込むような、波の音。
 僕は振り返る。
 瓦礫の向こう、一面の青が、そこにあった。
 淡いスカイブルーと深いオーシャンブルーが、溶け合う場所。
 人間が残した負の遺産を全て洗い流した後の、ひたすらに青くて蒼い、透き通った水平線。
 海だ。
 僕は、ゆっくりと歩き出す。瓦礫を踏み外し、斜面を転げ落ちながら、海沿いの廃墟を越えて。
 海のすぐ近く、瓦礫の中に伸びる一本の木に取りすがった時、左足から力が抜けた。今度はエラー音すらしなかった。瓦礫と瓦礫の間に足首をとられ、弱った関節ごと持っていかれた。ケーブルも一緒に千切れてしまった。
 僕は仕方なく、そのまま木に背を預けて座り込む。片腕と片足を失った今では、歩くことすらできなくなってしまった。
 ――ここが、世界の果てか……。
 僕はぼんやりと、辺りを見回した。
 静かだった。静かなのに、音が溢れていた。
 潮風が木々の葉をざわめかせる。そして、その風に乗って高く飛ぶ、海鳥の声。瓦礫の上で戯れる小鳥の歌。波の音。砂浜に打ち寄せては返す。
 世界は色彩に溢れていた。緑の草木。白い花。黄色い蝶。鮮やかな羽を持つ小鳥。空の青と海の蒼。
 見あれげば僕がもたれかかっているその木には、赤い実がなっている。瑞々しい生命力に溢れた果実が、緑の葉を飾る。
 ……この世界はもう、命なきものを必要としていない。
 人間も、人間が作り出した物も、全ては過去の幻に消えていく。
 もうこの身体はどう考えたって寿命だし、放っておいたってバッテリーが切れて動けなくなる。僕も、朽ちていく幻のひとつでしかないということだ。
 僕は首にひっかけていたヘッドセットを、そっと足元に置いた。
「……海は、綺麗だね」
 語りかけても、返事はない。
 だけど、打ち寄せて砕ける波の飛沫が何故か楽しげに見えて、僕は少し笑った。
 今でも思い出せることは、あまり多くない。
 マスターの姿は曖昧なシルエットにしかならない。めーちゃんのことも、あの双子のことさえ、曖昧にかすんできている。
 僕の記憶は、これから少しずつ壊れて失われていくだろう。
 最後には何が残るだろう。僕は、何を残したいんだろう。
「マスター……聞いてください」
 遠い遠い昔に、何度もその言葉を口にした。
 歌を聴いてください。
 話を聞いてください。
 聞いてください。
 聞いて――。
 かすんでいくマスターが、笑ったような気がした。
 囁いたような気がした。
 歌おう。カイトは歌うために生まれてきたんだから。これから、ずっと一緒に歌おう。
 初めて出会った時に、彼女はこう言ったんじゃなかったっけ?
 ああ、そうだ。僕はボーカロイドなんだから、歌えばいいんだ。この世界に残す物が何もなかったとしても、歌うことが僕の意義なんだから。
 僕はきっと、世界を歌うために、ここまで来たんだ。
 マスター。聞いてください。
 貴方に伝えたいことがたくさんあるんです。
 もう思い出せる曲があまりないので、少しへたくそかもしれません。でも、ちゃんと最後まで聞いてください。頑張りますから。そこにいなくてもいいです。どこかで聞いていてくれるなら。
 聞いてください。
 あんなに乾いていた大地に、初めて白い花が咲いているのを見た日のことを。
 ねぇ、聞いてください。
 灰色の雲の向こうに、久し振りの青空を見た日のことを。
 聞いてください。
 いつかみたのと同じ白い花に、黄色い蝶が舞い降りた日のことを。
 ねぇ、聞いてください。
 澄み渡る青い空に、鳥の声が響いた日のことを。
 聞いてください。
 黒く濁っていた海が、綺麗で透明な蒼に戻ったんです。
 ねぇ、聞いてください。
 風が木々の葉を揺らして、とても気持ちがいいんですよ。
 聞いてください。
 今僕が見ている木には、赤くて綺麗な実がなっているんです。

 ねぇ、聞いてください。
 ねぇ、きいてください。

 きイてくダさイ。


 キい……kダ……。



 k……テ……d…………。





 ……t……i……………………






 ……………………………………………………







 …………《Error》……《Error》……《Error》……







 ………………………………《aut program not found.》


















Epilogue;天国の前で待ち合わせ【Waiting in Earth】


 暗闇と静寂の世界に落ちた後、僕はずっと記憶の断片の中でただよっていた。
 壊れたら、もっと一瞬で何もかも消えてしまうと思っていた僕は、ただ流されるように過去の断片に浸っていた。
 ――聞いてください。
 それだけ、何度も何度も、無意識に繰り返していた気がする。
 記憶の断片をかき集めると、薄れ消えかけていたマスターの姿が、鮮明に蘇った。
「聞いてください」
 僕の存在が消えるまでの一瞬では、とても語りきれない。
 時間が欲しい。僕が完全に消えてしまうまでの間に、マスターに全てを伝えるだけの時間が――。
「時間なら、これからたっぷりあるじゃない」
 記憶の断片でできていたはずの、マスターが答える。
「ほら、一緒に行こう?」
 マスターが僕に手を差し出す。僕はおそるおそる、その手をとる。
 瞬間、世界が光と音で溢れた。
 青の空に蒼の海。緑の草木に白い花、黄色い蝶、枝に実った赤い実。波の音、木々の葉擦れの音、小鳥がさえずる声。
「マスター……僕は……」
「うん、ずいぶん待たせちゃったのね」
「迎えにきてくれたんですか?」
「そうね。私の方も待っていたよ」
「どこで……?」
「この地球の中で。見えるけど、見えないところで」
 マスターが、僕の手を引いて走り出そうとする。僕は自分が片足を失くしていることを伝えようとして――自分に両手足がちゃんと揃っていることに気がついた。あんなにぼろぼろだった服や髪が、新品同然に戻っている。
 僕は、一度だけ後ろを振り返って、そして全てを理解した。
 名残惜しそうにそれを見つめてから、マスターの手の引く方向へと足を踏み出す。
「カイト、向こうでみんな待っているよ」
「わかっています」
 花が咲き乱れる海辺の草原。そこにはめーちゃんと、めーちゃんのマスターと、双子と――多分双子のマスターなんだろう、知らない人が一人、花冠を作りながら戯れている。僕の姿に気づいて、手を振ってくれている。
「マスター、聞いて欲しいことがたくさんあるんです」
「うん」
「ずっと、会いたかったです」
「そうだね。私も会いたかったよ」
 微笑むマスターが立ち止まり、少しだけ背伸びをして僕の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「カイト、ただいま」
「……おかえりなさい、マスター!」
 そして僕らは、今度はこれからの時間をかみしめるようにして、ゆっくりとゆっくりと、歩き出す。
 いつか教えてもらった歌を、また一緒に歌いながら――。


 世界で最後のボーカロイドが、その日、数多にある瓦礫のひとつとなった。
 破れたコートやマフラーは土に汚れ、髪は青というよりも灰色に近くなっていた。
 失った手足からは、千切れたケーブルが力なく垂れていた。
 光を失ったガラスの瞳は、虚ろに開かれていた。

 翅を伸ばしたばかりの一羽の蝶が、その身体の脇から飛びたった。近くに飛んできた黄色い蝶が、白い蝶を誘うようにくるくると舞う。
 白い蝶は別れを惜しむように動かないボーカロイドの周りをひらりと舞って、そして黄色い蝶とつがいになって飛んで行く。
 たくさんの蝶が舞う、花園に向かって飛んで行く。

 その様子を瞳に映してたボーカロイドは、最後にことりと音をたてて地面に倒れた。はずみでまぶたがおりたので、まるで眠っているようだった。
 彼の口元には薄く笑みがかたどられていた。
 それを見るものはもういない。
 楽しげに花園で踊る蝶だけが、彼の最期を知っていた。
posted by さわのじ。 at 01:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。