2009年10月20日

ピアプロから移動したの、その2。

ピアプロから下げた小説を、サルベージその2.

ボカロアンドロイド設定&死別ネタ注意。
世界の終わりに心の所在について思い悩む兄さん。
マスターの性別はあえてぼかしてみました。ご自由に妄想ください。
ミクもちょっとだけでてきます。
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ハートレスブルーに捧ぐ


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 世界が明日滅ぶとしたら、今日何をしたらいいんだろう。
 マスターにそう聞かれた時、僕はこう答えた。
「僕には心がないから、よくわかりません」
 マスターは、苦笑しながら僕のマフラーを引っ張って。
「だったら、どうやって歌ってる?」
 そんなことを言う。
 僕は、ボーカロイドだ。歌を歌うためだけに生まれた機械。
 歌に込められたメッセージをよりよく表現できるように、感情豊かな反応ができる学習回路を搭載している。
 とはいっても、やっぱりプログラムなわけで。こうやって今、マスターの言葉に反応して不満顔をしているのも、記録された数々の行動パターンから、この場面に最適と計算されてでてきたものだ。
 これを、心と呼ぶのは何だか違う気がする。
 僕の体は金属とかオイルとか、有機体とは程遠いものでできていて、人間と似た姿をしていても根本的に違う。
 今だって、真夏なのに半袖のマスターとは対照的に僕はデフォルト衣装の白いコートとマフラーを身につけているくらいだ。暑さなんて、僕には関係ないから。
「僕はそういう用途で作られたアンドロイドです。感情がこもっているように聴こえるのは、マスターの調整のおかげですよ」
「うーん、そうかなぁ」
「そうですよ」
 人間のように扱われると、困ってしまう。
 昔に比べてずいぶん丈夫な作りになったけれど、機械はいずれ壊れるものだ。
 メーカーの整備保障も永遠に続くわけではないし、自分で整備するにしても合うパーツがなくなれば終わりだ。
 普通に過ごしていれば、僕の終わりは人間よりもずっと早く来る。
 だから、人間の柔らかい心を壊さないで済むように、僕はあくまで機械でありたいと思う。
「で、明日世界が滅ぶとしたらどうしたい?」
「まだその話題、続いていたんですか」
「続いているよ」
「そうですね、歌っていると思います。僕はボーカロイドですから」

 世界の終わりに歌を歌って消えるなら、ボーカロイドらしくていいじゃないか。
 僕は思った。

 世界の終わりの、一ヶ月前に。



 地球に向かって大きな流れ星が飛んできているって。
 始めに言い出したのは誰だろう。
 それが本当だとわかって、世界の滅亡だって毎日ニュースを騒がせて。
 半狂乱になって田舎に向かう人間や、食料を奪い合う人間を見た。
 やがて、テレビもラジオもNHKくらいしかやらなくなって、世界はとても静かになった。
 機械のように、泣かず笑わず怒らず、無機質な目でぼんやりと過ごす人ばかりが目につくようになった。
 その間、マスターはずっと家に引きこもってパソコンをいじりまわしていた。
「ネット回線が止まって不便だなぁ」とか。
「食料買い置きしていてよかったー」とか、のん気に呟いて。
 マイペースなマスターだとはわかっていたけど、さすがにあきれ果てた。
「そんなこと言ってる場合なんですか!? 隕石が落ちるの、明日ですよ!?」
「慌てて、それでどうにかなんの?」
 淡白に言い返されて、僕は口ごもることしかできなかった。
「明日、世界が滅ぶとしたらどうするかって話、前にした」
「……しましたけど」
「カイトが歌いたいって言った」
「言いましたけど!」
「だから、歌を作っている」
 何を言ってるんだろう、この人は。
 明日世界が滅びるのに、僕のための歌を作っているとか。
 どうして。わからない。僕が人間だったらわかるんだろうか。
「あのさ、機械って必要とされるために生まれるわけだけどさ」
 パソコン画面上で、MIDIデータを保存しながらマスターは呟く。
「人間だって変わらないよ。必要とされたい。誰かのために意味のある存在になりたい」
 データをエンコードするウィンドゥが画面上に現れる。
「自分にとっては、カイトに歌をあげるのがそれだってこと」
「僕は……人間じゃないです」
「そうだね」
「心のない僕が、そんな大切な歌を受け取るわけにいきません」
「どうして?」
 マスターが笑う。世界の終わりとは無縁の優しい顔。
「機械がプログラムの0と1の羅列で導き出す答えと、人間が細胞の間を走る電気信号で考えた答えに何の違いがある? カイトの回路と人間の心の違いって、単なる構造の違いなんじゃないかな」
 僕は反論できなかった。
 記憶と記録の違いを、演算と思考の違いを、きちんと証明する方法なんて僕には思いつかなかったんだ。
「最後の歌、調整するよ」

 世界の終わりの一日前に、僕は歌を歌っていた。



 衝撃が、建物を砕いて飲み込んでいく。
 瓦礫の中に沈む最後の瞬間に、僕は手を伸ばした。
 マスター、と。叫んだ気がする。
 手は、指先だけかすめた気がする。
 届かなかったのだけは、わかった。
 届いたとしても、どうしようもないのも、わかっていた。

 瞳を濡らしているのは、ガラスで出来たレンズの保護液だ。
 巻き上がる粉塵のせいで、こうなる。
 ただの機能上で起こった当然の結果。
 涙なんかじゃない。
 それを――悔しいと思った。



 歌を歌う。
 どれだけの時が過ぎただろう。
 歌を、歌い続ける。
 僕はどうやら、まだ存在している。
 あちこち軋んでいるし、左目の機能が死に掛けててちかちかするし、右手の指が二本ほど動かなくなったけど。
 まだ、完全には壊れていない。
「マスターも、いないのに」
 世界は、静かだった。
 粉塵が空を覆いつくして、まずは長い夜が訪れた。その次には長い雨が全てを流した。
 今は、地上に雨で流されなかった残骸だけが残って、空に薄くのばしたような雲が広がっている。
 その中を、僕はあてもなくさまよっている。
 最後の歌を、歌いながら。
「あの、すみません」
 かぼそい女の子の声が聞こえて、僕は振り返る。
 生き残っている人間がいたのかと思ったけど、違った。
 緑色の長い髪に黒に近いグレーのミニスカート、黒いニーブーツ。僕と同じメーカーから出ているボーカロイドだ。デフォルト名は初音ミク。
「よかった、もう誰にも会えないかと思った」
 ほっと胸をなでおろした彼女も、僕と同じでだいぶボロボロになっていた。
「残念ながら、見ての通り人間じゃないけどね」
「話せる相手ができただけでも、じゅうぶん」
 人懐っこい笑顔で、ミクはにっこりと笑った。
 僕も、正直一人でずっと歌い続けることの意味をぼんやりと考え始めていたところだったので、素直に嬉しく思う。
 僕らは二人でしばらく廃墟をさまよった。夜が来て、全てが蒼から暗い虚ろに沈んでいくのをみながら、お互いの身の上話なんてして過ごした。
「ねぇ、あの歌、歌って」
 隣に座ったミクが囁く。
「会った時に歌っていたやつ?」
「うん、それ。あんなに心がこもった声で歌うボーカロイドに会ったの、貴方が初めて!」
「ふーん」
 釈然としない感覚に陥りながら、断る理由もなく、僕は歌った。
 薄い雲を太陽がかすかな金色に染め始める。
 廃墟の窓から、ゆっくりと淡い光が世界を照らしだすのを、僕は見る。
「カイト」
 ミクが、少しさびしそうな顔で僕のマフラーを引っ張った。
 声が震えるのは、壊れたせい?
 眼球の保護液が理由もなく溢れるのも、不具合?

 0と1で回路に構築されていくプログラムと、柔らかい細胞の間を駆ける電気信号。
 その違いが僕にはわからない。
 わからないんです、マスター。
 これを心と呼んでいいのか、人間の心と何が違うのか。
 だけど、ひとつだけわかったことがあります。

 マスターに出会えて、この歌に出会えて、本当によかったです。


 ――ありがとう。そして、さようなら。
posted by さわのじ。 at 02:42| Comment(0) | 小説  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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