2009年10月20日

【にゃぽ再録】ボカロ家族ネタその1

にゃっぽんに掲載したSSの再録。コメディ系。
PC内のボカロ家フォルダにルカさんがやってきた話。

兄さんが不憫です。とても不憫です。


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次女と長男の微妙なカンケイ

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 ボーカロイドにも『家族』という概念がある。
 もちろん、血が繋がっているわけではない。強いて言うなら使っているエンジンプログラムが、血と呼べるものかもしれない。それでも、旧式とか新式とか、エンジンの違いも超えた家族意識は芽生えている。
 多くは、彼らを手に入れた人間が思い描いた関係性が、自然と彼らの性質を決定づけていったわけなのだが――。
 少なくとも、彼らはインストールされると同時に、自然に家族のポジションに納まっていくようになっていた。

 そして、あるボーカロイドマスターのパソコンの中。
 電脳世界に出来上がったイメージの世界で、きっちり五人揃ったクリプトン製ボーカロイド家族は、激しく微妙な問題に直面していた。

 旧式エンジンを使った、ボーカロイド長男が、ベッドの上でうんうんと唸っている。
 それを、同じ旧式エンジンで本当の意味で彼の姉といっても差し支えない長女が呆れた顔で見下ろしている。
 新式エンジンで、人間でいうとむしろ従兄弟の関係に近そうだけど、何だか妹弟という形にしっくりと収まってしまっている下の三人が、ベッドの傍らに座ってる。ブラコンの気がある三女は、かいがいしく長男を看病して、双子である四女と次男はばつが悪そうにちぢこまって。
 そして――マスターの妄想の結果により、長い海外生活から帰って来たばかりの帰国子女設定となっている次女が、沈痛な面持ちで呟いた。
「ああ……本当に、ごめんなさい」
 次女、巡音ルカは、両手で顔を覆ってさめざめと謝罪の言葉を口にする。
「いや、まぁ……原因は双子だし。それと、こいつの根性が足りないせいだし」
 長女、メイコがさばさばと訂正を施す。
「でも……これ、マスターに言った方がいいんじゃないかなぁ。お兄ちゃん、全然起きないし」
 三女、初音ミクが冷えピタシートの画像を勝手にダウンロードしながら、心配そうに呟き。
「うわーん、こんなになるなんて思わなかったのぉ!」
「もうやんないから! 約束するから!」
 双子、鏡音リン、レンがそれぞれに泣き落とし。
 改めて四人は、ベッドに横たわる長男、カイトを見る。彼が額に濡れタオル(の画像データ)を乗せられてうなされているのには、少しばかり残念なエピソードが付属するのだ。



 事の発端は一月の末。ボーカロイド一家にバイリンガル次女が加わったところから始まった。

「初めまして、巡音ルカです。これからよろしく」
 家族設定なのに、初めましてなのもおかしな話だけど、そもそも家族という関係性事態が人間に影響されてできたものだから問題ない。
 紫がかったピンクの髪を優雅に背中へと流して、長姉のメイコとはベクトルの違うセクシーなスタイルを持つ次女の姿に、家族は色めき立った。
 主に三女と四女が。自分たちと彼女の乳サイズを見比べて「どこのプログラムをどうしたらあんな巨乳に!」と囁きあう彼女らの姿に、長兄は微笑ましく、末弟は引きつった顔で見守る。
「あんたら、他にもっと言うことないの!? 歓迎する言葉がいっくらでもあるでしょ?」
 胸にコンプレックスなどないメイコは、セクシーというよりもカッコイイという感想を抱きたくなる、メリハリの利いた身体をぐいっとそらして声をあげた。
「メイコお姉ちゃんには私たちの悩みなんてわからないわ」
「メイコ姉もずるい! その腰のくびれとか私も欲しい!」
「無茶言うな! 公式のキャラデザに文句つけるんじゃないの!」
 ぐだぐだと胸へのコンプレックスを募らせる妹たちを一喝するメイコ。少し困ったように笑いながらも、そこは大人の余裕で見事にスルーをかますルカ。
 末弟のレンは、このどこかとぼけた家族の中でルカのクールビューティー設定(恐らくマスターの趣味)がどこまで持つのかなぁ、とどうでもいいことを考えていた。
 ふと隣を見ると、さっきまで微笑ましく乳だの腰だのとわめく妹を見守っていた兄がいないことに気づく。レンはキョロキョロと見回して、パソコンの前に彼の姿を見つけた。パソコンといってもこの空間がパソコンの中なのだから、当然ながらこちら側からパソコン内部のデータを探す時のイメージだ。
 何を見ているのかと思えば、ルカの新曲PVだった。発売日すぐに入手して素早く調声を完成させた他のマスターが作った歌声。恐らくは、マスターが参考にブックマークしていたのだろう。
「すごいね。バイリンガルだとは聞いていたけど、こんなに上手く英語で歌えるなんて尊敬するよ」
 兄は人懐っこい顔でにこにこと笑い、ルカに右手を差し出した。
 飾り気のない純粋な褒め言葉を、ルカは気に入ったらしい。少しだけはにかんだように笑って、二人は握手を交わした。
 ――カイト兄が一番普通に挨拶してやんの。
 普段は一番ネタキャラ扱いでいじられているのに。
 メイコですらはしゃぐ妹たちを叱るのに忙しくて、自己紹介すらそこそこになっている。
 レンは立ち上がって、長兄の元に歩み寄る。好印象を与えている兄の恩恵にあずかって、ここはかわいい弟ポジションを固めておこうとか、そんな下心の元に。

 ひとまず、そうして巡音ルカは家族の一員として加わることになり。
 日常は続いていくはずだった。少なくとも、半月後までは。

 ボーカロイドの仕事は、マスターから与えられた音楽を歌い上げることだ。
 その中でも、動画サイトに配信されるPVで歌う仕事は、まさに花形とも言える。
 デビューしたばかりのルカは、今がまさに旬のスターだ。動画サイトを開き、ボーカロイドのタグを探してみれば、毎日一面に様々なマスターによるルカのPVサムネイルが並んでいる。
 しかし、ここ数日は別だった。サムネイルの一覧は青い色で半分以上が埋まっている。
 その一覧を見て、長兄は笑う。うふふふふ、ととても嬉しそうに、若干不気味に、笑う。
「見てよ、レン。今年はこんなに祝ってもらえたんだ!」
 動画のサムネイルを一つ一つ指さして、むせびなくいい大人。末弟は若干可哀想な気配が漂う兄の背中を、ぽんぽんと叩く。
「あー、その。おめでとう、カイト兄」
「うん。ありがとう。ほらほら、これはうちのマスターのだよ。頑張って歌ったんだから、みんな聞いてくれ」
 一応、年齢設定的にはメイコとさほど変わらないはずなのに、カイトは時々末の二人よりもよっぽど子供っぽい。
 カイト兄、普通に喜んでいるけど誕生日祝いがマスターの悪ノリ裸マフラーPVで本当によかったの? とか。裸マフラーとかとか卑怯戦隊とかマジスパイダーとか、おおよそネタネタしい動画でも大喜びで引き受けて真剣に取り組む、自分にはまねできそうにないプロ意識は正直尊敬するとか。
 色々な想いを巡らせつつ、弟は兄の背を見つめていた。
「あ、レンー。ごちそう作るの、手伝ってよー!」
 キッチンから顔を覗かせるのは双子の姉。二月の十四日か十七日が誕生日と言われている我が家の兄のために、女性陣はパーティーの準備に追われている。
「準備なら僕も手伝うよ」
「カイト兄は主役なんだから手伝っちゃダメっ! ほらー、レン早くぅ!」
「わかったよ、今行くって」
 手伝おうと立ち上がった兄をリンが阻止する。レンはやれやれと立ち上がって、ネットの海から兄の好物であるアイスの画像でも探してくるかと腰をあげる。そこで、ルカがリビングに入ってきた。
 兄の誕生祭もあって、最初の頃よりは落ち着いたものの、まだまだスケジュールが忙しいルカは、ここ数日はずっとPVの撮影に駆り出されている。おかげで、パーティーの準備にも全く参加していなかった。
「おかえり、ルカ」
「あ、兄様、今日が誕生日だったんですね。マスターから聞きました。もっと早く言ってくださればプレゼントを用意しましたのに」
 ずっとPVにかかりきりだった次女は、どうやら今日になって初めて兄の誕生日を知ったらしい。
 兄は穏やかな笑みで、首を横に振った。
「大丈夫。気持ちだけでも嬉しいよ。」
「でも、この家にきてはじめてのお祝いですし……」
「本当にいいんだ。ほら、動画もいっぱい見られたし。……この家しかお祝いしてくれなかった時代もあったから……ねぇ? あははは……」
 ふふ、と虚ろに笑って遠い目をするカイト。ルカは何か触れてはいけない領域を感じ取ったのか「そうですか」と薄い笑みを浮かべてスルーした。空気を読める大人の女性だ。レンは密かに新入りの姉に、兄とは別種の尊敬を抱く。
 カイトはそんな弟の感慨は気にせず、続ける。
「誕生日プレゼントはめーちゃんや下の子たちの時にお願いしようかな。ちなみに、めーちゃんの好物はお酒。ミクはネギ。リンがみかんでレンはバナナが好きなんだよ」
「兄様は何がお好きなのですか」
「それは、見たらわかると思う」
「レーンー! 手伝ってってば! これ、運んでよう! あ、ルカ姉おかえり〜」
 再び、リンが顔を覗かせる。そして姉の姿を認めて、にこにこと笑った。
 しぶしぶとレンはキッチンに入り、そして姉たちの作った超大作をダイニングに運び込む。古今東西のアイスをこれでもかと盛った、バースデーアイスケーキに、カイトははじけんばかりに狂喜乱舞し、ルカはと言えば、その姿に若干呆れていたわけだが。
「私も、忙しさにかまけていないで、もっと家族のことを理解しないといけませんね」
「別にそこまで頑張らなくてもいいわよ」
「いえ、やはり家族として暮らしていく以上、相互理解は必要かと」
 神妙に呟いた彼女に、メイコは肩をすくめる。
「そういうものですか?」
 首をかしげるルカは、少し納得いかなさそうにしていた。

 そんな、アイスまみれの誕生日から数日後、カイトの心が折れた。
 一応、普通にしようと試みてはいるようだが、若干目が虚ろで隠しきれていない。
 というのも、誕生日の効果があったのはほんの一週間ほどで、それが過ぎたらあっという間に青色だった動画一覧がルカのピンク色に染まったからなのだが。
 黙々と今まで歌った歌の復習をしたかと思えば、誕生祭にアップされた動画をぼんやりと見ていたりする。
「あの、リンちゃん、レン君、少しいいですか?」
 ルカがネット配信アニメをのんびりと観ている双子に声をかけたのは、そんなある日のことだ。
「ん? カイト兄のこと? 大丈夫だよ、もうちょっとしたら勝手に復活して、アイスーアイスーぅ、って騒ぎ出すから」
 こたつに入ってまったりとみかんを食べていたリンがのんびりと答えたが、ルカは深刻だった。自分の仕事が多いのはもちろん嬉しいし、誇りに思うところだ。とはいえ、それで家庭内不和を起こすことを望んではいない。思えば、この家にきてから忙しく仕事に動き回るばかりで、まだ家族の歌声すらろくに聴いていないのだ。
 それでも、誕生日の時に色々と聞かされたから、カイトの歌声は知っている。
 旧式エンジンとは思えない伸びやかな声と、マジメな曲から思わず笑ってしまう曲まで、何でもこなす幅広い才能には素直にすごいと思ったのだが。
 動画サイトを見ては、少し寂しそうにしているのを見ると、別に悪いことをしていないのにいたたまれなくなる。
「前にメイコ姉が言ってたんだけどさ。カイト兄って、出た頃はあんまり人気なかったんだって。だからどんな仕事でも呼ばれたら嫌がらずになんでもやるし、仕事をもらえるだけで嬉しいみたいだ。今はぼーっとしているけど、仕事もらったらまた大喜びですっ飛んでいくと思う」
 レンもバナナを片手に答えるが、ルカはやはり釈然としないようだ。
 カイトにネタ以外の仕事が多く入るようになったのは、割りと最近の話だった。誕生日を大々的に祝われるようになったもここ、一、二年からだ。祭りが終わった途端あっという間に自分の影が薄くなった動画サイトを見て、彼にも思うところがあったのだろう。黙々と一人で歌を特訓している兄の姿は、確かに哀愁を帯びていて励ましたくなるオーラをかもし出しているのだが。
「あの……私、やっぱり兄様に誕生日プレゼントを差し上げようと思いまして。それで、もっと兄様のことをちゃんと知ろうと」
 そこまで難しく考えなくてもいいのに。いまいち深刻になりきれない双子は目配せをしあう。どちらかというとネガティブなカイトは、こうやって勝手に落ち込んでいることが少なくない。しかし、大体時が経てば自然に立ち直っている。今回だって、勝手に立ち直ってくれるだろうが、まだこの家に来て日が浅いルカを納得させることは難しいだろう。
 とすると。
 顔を見合わせる二人の目に、共犯者の連帯感が生まれたことに、当事者たるルカは気づかなかった。
「そこまで言うなら、カイト兄のことで色々教えてやるよ。まず、アイスが好きなのはこの前のアイスケーキタワーで見たとおりで」
「アイス分が少なくなると、逆に辛いものが好きになるんだよー」
「髪や服やマフラーが赤くなって、トウガラシなしじゃ生きてけなくなるんだ」
「そのモードの時はアカイト兄って呼んでるの」
 動画サイトで見た、格闘ゲームの2Pカラーみたいなカイトの亜種のことを思い浮かべながら、二人はありもしない設定を捏造していく。
「トウガラシ分を充分に補給した後に、アイスを食べさせたらいつものカイト兄に戻るよ!」
「そうそう。あ、今のカイト兄ヤバイかもね。しばらくアカイトモードになってないから、トウガラシ分が不足して、ネガティブになってるのかも!」
 話している内にどんどん話がずれている。
 しかし、仕事にかかりきりになって兄の変化に気づかなかった後悔と、もしかしたら自分が仕事を横取りしているのではないかという思いが、ルカの判断を鈍らせていた。
 調子付いた双子は、さらに暴走を重ねる。
「あ、そうだ! カイト兄にプレゼントするなら、アイスにトウガラシまぜてみたらどうかなぁ!」
「それならアイス分もトウガラシ分も補給できて、すごく元気になるんじゃないかなぁ!」
 思えば、その辺りでルカもおかしいことに気がつくべきだったのだ。
 しかし、こうして人間のような生活をしていても、ここはプログラムの世界である。その気になればデフォルトで用意されたプログラムを書き換えることも可能だし、何よりボーカロイドは、人間の作った曲を歌い上げるというその役割から感受性が豊かで、その分人間の影響を受けやすく作られている。
 それは知識として理解していたので、ルカはそれがこの家のカイトの個性なのだと思いこんでしまった。
 そして、悲劇は起こる。
 丹念にトウガラシを練りこんだアイスをカイトが口にして、悶絶の末にぶっ倒れたのは、このできごとの数時間後だった。



「あんたらの悪戯も今回は度が過ぎたわね。気づかないで食ったこいつもこいつだけど」
「すみません、姉様……」
「まだここに来て日が浅い上に、帰国子女設定のルカがこういうことに疎いのは、まぁ仕方がないわ。こいつが軟弱なのも悪い」
 青い顔になっている双子を叱り、平謝りするルカをなだめながら、メイコはベッドの上で唸っているカイトの、冷えピタシートが乗った額をべしべしと叩く。
「口の中にハーゲンダッツでも流し込んだら、治るんじゃないの?」
「私もそれ考えたんだけど、お兄ちゃん、すごい歯を食いしばって寝てるから……」
 ほら、と兄の頬をむにっと引き伸ばすミク。開いた口元から、確かにぎりぎりと音が聞こえてきそうなくらいがっちりとかみ合わさった歯がのぞく。
「よほど衝撃的な味だったのね。……もうインストールしなおしてもらえば?」
 メイコがみもふたもないそのセリフを言った途端、うなされるばかりだったカイトの肩がぴくりと動いた。
「解雇されたら。ア・ン・イ・ン・ス・トー・ル!」
 長姉はこれ見よがしに、たっぷりと余韻をもたせて、耳元で呪いの言葉を囁く。
 びくりともう一度肩を震わせたカイトは、突如がばりと跳ね起きた。
「あああああああ、ああ、あんいん。すとぉおるって、アンインストールってぇぇえ!? わぁあああ、むぁ、マッマママスタァァァーッッ!!! ぎゃ、頑張って歌うから、解雇は、きゃかか、解雇は待ってくだしゃいいぃいいいいいぃぃぃ!!!!」
 全員が呆然とする中、壊れたデッキで再生されたみたいに酷いセリフをまき散らしながら、カイトはいい歳した自分の外見も省みずに泣き喚く。
「みゃすたぁぁああ! 解雇解雇にしないでくだしゃいぃい」
「うるさーい! 黙りなさい!」
 ごすっ、と錯乱するカイトの頭に飛ぶ、メイコの右ストレート。
 派手にベッドから転げ落ちた長兄は、そのまましばらくの間ぴくりとも動かなかった。メイコの顔に「ヤバ、やりすぎた」という焦りがにじみでた頃、ようやくのろのろと、彼は起き上がる。
 家族全員の注目を浴び、カイトはきょとんとした顔をしてそれぞれの顔を見回した。
「あ……あれ? どうしたんだい、みんな集まって」
「正気に戻ったみたいね。っきまで意識不明だったのよあんた」
「へ? …………ああ、そうか」
 ようやくトウガラシアイスを食べて気絶したところまで思考が追いついたのか、カイトは心なしか遠い目をしながら頷いた。
「何だか酷い悪夢を見たよ。突然、解雇宣告受けてさぁ……」
「それはただの夢よ」
「すごい頭が痛むんだけど」
「気のせいよ。ベッドから落ちた時にぶつけたんじゃないかしら」
 いけしゃあしゃあと言ってのけるメイコ。後ろで、双子はぼそぼそと小声で抗議をする。
「メイコ姉ずりぃ……」
「暴力はんたーい」
「黙れ」
 低い声でひとこと。双子だけではなく、その場にいた全員が、一瞬押し黙った。
 くるりと振り向いたメイコは、半眼で双子の元に歩み寄る。リンもレンも、顔色が蒼白を通り越して土気色になった。この先の運命を悟ったのだろう。
「さあ、お姉ちゃんとちょっと大事な話をしよっかぁ?」
 悲鳴をあげながら引きずられていく双子と、両手に一人ずつ首ねっこひっつかんで去っていく姉のうしろ姿が、完全に見えなくなったのを確認して、ミクは深いため息をついた。
「お兄ちゃん」
「なんだい、ミク」
「あのアイス、わかってて食べたでしょ」
「……いや、そんなことないよ?」
「いくらお兄ちゃんがぼんやりしてても、さすがに一口食べたら気づくでしょ?」
 そうなのだ。一口食べればすぐにわかっただろうに、カイトは一気にトウガラシアイスを口の中にかきこんだ。そして辛さと甘さの絶妙なハーモニーに悶絶したあげくに、気絶した。
 誕生日のアイスタワーは溶ける寸前まで味わって食べていたのを、ルカはちゃんと覚えていた。だから、急いでかきこんだのは、味をわからなくするためだったのだろう。――だけど。
「どうしてですか?」
 困惑の色を浮かべて尋ねるルカに、カイトはばつが悪そうに頬をかく。
「まあ、リンとレンだけが相手ならアイスへの冒涜だって説教するところだったけどね。さすがにねぇ、ルカに気を使ってもらっているのにと思って。その……予想外にすごかったから、ちょっと意識飛んじゃったみたいだ。あはは」
「お兄ちゃん……ちょっとどころか、そのまま死んじゃうんじゃないかってくらい苦しんでたけど……?」
「へ……? そうなの?」
 ホラと、ミクに指をさされ、額に貼り付けられた冷えピタシート(のデータ)に気づいたカイトは、慌ててそれを剥がす。
 ルカががっくりとうなだれた。
「本当にごめんなさい。冷静に考えたらわかりそうなものなのに……」
「いやその、舌の感覚とかちょっとなくなってるけど、全然平気だからね!?」
「お兄ちゃん、それ、逆効果」
「わー、元気! 僕は超元気だからっ!」
 あせあせと両手で否定をしめしながら、カイトは落ち込んだルカを前に逆に平謝りし出した。
「むしろ、僕の方こそ、余計な心配をかけて悪かったよ。本当にごめん」
「でも……」
「あ、もしかして動画が減ったのを見てため息ついてたの見てた!?」
「はい。私は仕事にかまけて家族との交流もないがしろにしていましたから、それで少しでも打ち解けて、兄様の気持ちも軽くなればと思ったのですが……」
 隣でやりとりをきいていたミクは、額を押さえて天を仰ぐ。
「あー……お兄ちゃんのいつもの悪いくせかぁ」
「悪いくせ、と申しますと?」
「ルカお姉ちゃん、お兄ちゃんは自分の動画の仕事が減ったとか増えたとか、実はそんなに気にしてないよ」
「……え?」
 ルカが首を傾げる。
 カイトはへろへろと脱力して、ベッドに座り込んだ。
「そりゃ全く気にしないかって言えばウソになるけどね。正直へこんだのも本当。でも、仕事がないのは、僕の実力のせいだから仕方ないよ。必要とされたら、仕事は自然に増えていくものだと思って頑張るしかない。……それに、僕はこの家では新参の方だからね」
「ええ? し、新参!?」
 さすがのルカもこれには驚いて声を上げる。彼はボーカロイドの中でも、CVシリーズが作られる前の作品だ。外見設定だけではなく、実際に年上のはずだった。
「マスターが最初に買ったのはめーちゃん。次にミク。そして双子。ミクや双子が売れて、ボーカロイド自体の注目度が高まったから、最初は全然売れなかった僕も、買ってみようって考えるマスターが増えたんだよね。当時はがくぽさんもいなかったから、純粋な男声ボーカルは僕だけだったし」
 にこにこと、何でもないことのようにカイトは自分の不遇を語る。
「僕がここに迎えてもらったのは、姉妹弟の七光ってこと。だからこそ、僕がみんなの足を引っ張ったり、みんなに腫れ物みたいな扱いされたりとか、そういうのは嫌だと思ったんだ。それと、ルカもね」
 こつん、と軽く額を叩かれ、ルカはきょとんとする。
「心配だったんだよね。ほら、僕もルカも後から来たのに年齢設定とか考えたら年上になるからさ。僕もここに来たばっかりの頃は色々気にしたよ。早く家になじまないととか、これで全然仕事がこなかったらどうしようとか、本当に色々」
 それは、ルカにも覚えがあることだった。この家に来て、自分の立ち位置がこの家の上から三番目の姉妹で、次女という扱いなのだと知って、新参者の自分がどこまで姉の役割をできるのか心配だった。自分の機能には自信があっても、本当に世間に受け入れられるかも未知数だった。結局、どちらも杞憂だったのだけど、少なからず不安を感じていたのは確かだ。
「だからね、ルカの動画がいっぱい投稿されているのを見ると、悔しいって気持ちも少しはあるんだけど、それよりも人気が出て、色んなマスターに受け入れてもらってよかったなぁ、って思うんだ。この辺は、自分でもかなり複雑でね。はたから見たら、落ち込んでいるように見えたのかもしれないけれど」
 はにかんだような笑顔で、彼は「ルカのことはちゃんと好きだよ?」と付け加えた。
 カイトの状況だったらきっと、ルカよりももっと不安は強かっただろう。それなのに、今は当たり前のように馴染んでいる。あの双子だって、カイトなら最後には笑って許してくれると思ったから、あんな悪戯を考え付いたのだろう。彼が全部食べきった上に昏倒したのは予想外だったにしても。
 信頼されているのだ。家族として。
「私、兄様と一緒に歌ってみたいです」
「ん? マスターがいいっていったら、いつでも一緒に歌うよ? 練習なら今からでも付き合うし」
 人懐っこい笑みと浮かべた長兄と、クールな美貌に暖かい笑みを浮かべる次女。
 その間に、三女が割って入った。
「ストーップ!」
「ミク? 何をいきなり」
「お、お兄ちゃんはルカお姉ちゃんだけのものじゃないんだからね! わ、私だって一緒に歌いたいんだから、独り占めはいくらお姉ちゃんでも許さないんだからね!」
 何そのツンデレみたいなセリフを吐いて、どこから持ち出したのかネギを振り回すミクに、ルカは困惑する。別に下心があって言ったわけではないのだが。
 少しだけいじわるをしてみたい気持ちになって、わざとらしくカイトの腕に手を回した。
「あら、それを決めるのは兄様ですよ?」
「あ、あ、ずるいっ! いいもん、私はこっちにするもん!」
 ミクはネギを放り出して、ルカとは逆の方向の腕に手を回す。
 美女と美少女で両手に花状態になったカイトは、状況が読みきれずに途方にくれた。
「えーと、ミクもルカも……ちょっと怖いんだけど」
「そんなことないですよ、ね? ミクさん」
「そんなことないよねー! ルカお姉ちゃん!」
 何だか見えないところで火花が散っている気がする。仲が良いのか悪いのか、ひとまず、遠慮がなくなったのは良いことなのか。
 ぐるぐると考えこんでいると、カイトは背中に衝撃を感じてよろめいた。
「ミク姉もルカ姉もずるーい! あたしだってカイト兄と遊ぶ!」
「アイスの埋め合わせするから、歌の練習付き合ってくれよ!」
「ふ、二人とも……遊ぶのも練習も付き合うから、ア、アタックしてくるならもうちょっとソフトに、お願いできないかなぁ?」
 はからずとも、ミクとルカが両腕を押さえていたせいで、受身をとることもできずに二人分のタックルを受け止めることになったカイトは、むせながら抗議をするが、肝心のリンとレンは揃って首を横に振った。
「「やだー」」
 双子のハモリ声を聞きながら、ミクとルカは顔を見合わせて笑う。
 遅れてやってきたメイコがそんな状況を目の当たりにして、肩をすくめてみせた。
「ひとまず、全員で歌えばいいんじゃないかしら?」



 こうして、ボーカロイド一家に訪れた小さな事件は無事に過ぎ去り、数ヵ月後にはたまに思い出す笑い話程度の重さに変わっていく。
 その頃には、クールビューティーを気取っていた次女がS気質を身につけて女王様化していたり、そんな彼女にいいようにしばかれる若干M気質っぽい兄を見て、ブラコンなミクが自分もSになるべきかそれとも先に胸のサイズをどうにかすべきかと悩んだり、リンとレンがロードローラーでカイト専用アイス保管冷凍庫をうっかり潰したり色々な事件がおきているわけだが――。

それはまた、別の話。
posted by さわのじ。 at 01:56| Comment(0) | 小説  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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